第13話 蒼き刃

 瞼ごしにでも分かる凄まじい光。

 それはどこか温かさを感じさせた。


 こんな絶望的な状況でもなお奮い立たせてくれるような。


「こんな小細工で――――それは」


 ズゥメルの視線は僕の右手に注がれていた。


 そこには見慣れない一振りの鎌。


 深い蒼に彩られたその鎌は見たこともないのに親しみを感じる。


 これこそが〈魔武錬成ポーゼライズ〉を越えるスキル、〈魔核再製ミスエイト〉。


 モンスターとさらに強く結びつくことで、モンスターの身体を武器へと再構築するスキルである。


 このスキルで生まれる武器はモンスターの身体が素体となっているため、武器自体が魔力を持ち、なおかつ生成している。


 このおかげで、使用者が負担する魔力はかなり軽減される。

 それどころか使用者の魔力と併用することで武器やスキルの威力を高めることができるのだ。


「……たかが武器を変えただけ。その程度で私とまともに戦えるとでも?」

「戦えるさ。だってこれは僕の最高のパートナーだ!」


 鎌を振り上げ、距離を詰める。


 疲労しているはずの身体が軽い。

 これも〈魔核再製ミスエイト〉の効果なのかは分からないが、動けるなら何だっていい。


「ふっ!」


 横一閃。

 鎌はわずかにズゥメルを掠める。


「ちっ……調子に乗らないことです!」


 ズゥメルは身を翻し、魔力弾を連続で放つ。


 変わらず一撃一撃は重い。

 でも吹き飛ばされるほどじゃない。


 弾きながら、適度に躱し、ズゥメルの様子を窺う。


「蒼海波!」


 鎌の刃に魔力を纏わせ、斬撃を放つ。

 斬撃は魔力弾を斬り裂き、ズゥメルへと向かっていく。


「脆弱な」


 片手で簡単にいなされる。


 だが、それは囮。

 素早く後方に回り込み、一撃を狙う。


「なっ……」


 刹那、火花が散る。

 刃は硬い何かに阻まれた。


「障壁……!」


 おそらくは〈障壁シールド〉のスキル。

 以前にゼンジが発動していたものとは、まるで強度が違う。

 並の攻撃では破るどころか、傷を入れることすらままならないだろう。


「私に〈障壁シールド〉を使わせるとは。つくづく想定を上回ってきますね。貴方、面白いですよ」

「何を……!」


 連続で鎌を振り続ける。

 十数の斬撃が放たれるが、全てが障壁に弾かれる。


 鎌が僕の手に現れた時。

 頭の中に勝手に武器の情報が流れてきた。


 ブルーが武器となった、この鎌のランクは超級。


 そのポテンシャルに加え、武器が発する魔力の相乗効果でかなりの威力が出ているはず。


 それでもズゥメルに届かないとは恐れ入る。


「無駄なことを……力の差は分かったはずでしょう」

「たとえ勝てないとしても諦めるつもりはない……!」


 魔力弾と斬撃の応酬。

 凄まじいスピードで繰り広げられる攻防。

 一瞬でも気を抜けば、たちまち均衡が崩れる。

 そんな緊迫感がビリビリと伝わってくる。


「ここまでついてきますか。なら、少しギアを上げますよ!」


 これまでの攻撃に更に勢いが増す。

 魔力弾のスピードも威力も段違いだ。


 一体、どれほどの実力を持っているのか。

 徐々に攻撃する余裕がなくなっていく。

 気づけば、魔力弾を弾くか、避けることに精一杯になっていた。


「しまっ……」


 魔力弾を弾き損ね、体勢を崩してしまう。

 その間にも攻撃は容赦なく迫ってくる。


 躱す余裕はない。

 追い詰められる最中、ズゥメルの笑みが目に入る。


 終わったと言わんばかりの表情。


「まだっ! 〈分裂ディバイド〉円輪盾!」


 周りに回転する鎌が現れる。

 鎌が回転することによる円型の盾。


 盾は攻撃を防ぐ。

 だが、咄嗟に出した即席のもの。

 一撃防いだだけで脆く崩れさってしまった。


「少々驚きました。咄嗟のその身のこなし、明らかにこの場で成長している」


 ズゥメルは両手を合わせ、開いた手の間に禍々しい魔力弾が膨れ上がっていく。


 その魔力量は先程とは比べ物にならない。


 これを撃たれたら終わる。

 改めて脅威認定されたという魔族の強大さを見せつけられているようだ。


 それなら。


「撃たれる前にどうにかする……!」


 全力でズゥメルへと駆ける。


 幸い、魔力を集中させているズゥメルに動きはない。

 その間に最大の攻撃を叩き込む。


「蒼麟断!」


 僕とブルーの魔力を合わせた渾身の一撃。

 大地を裂くほどの斬撃がズゥメルへと放たれる。


「なかなかの攻撃ですがね。〈障壁シールド〉」


 ズゥメルの前に再び障壁が張られていく。


 衝突する斬撃。

 魔力と魔力のぶつかり合いは熾烈を極める。


 そして吹き荒ぶ爆風の中。

 ピシッとひび割れるような音が聞こえた。


 障壁に刻まれる小さなヒビ。

 一度入り始めたヒビは止まらない。

 やがて全体へと広がり、割れて消え去った。


「……なんと。この〈障壁シールド〉にすら届かせ――――」

制限解除リミットオフ


 ズゥメルの言葉を遮るようにオーブの拘束を解く。


 障壁にヒビが入った時から僕は走り始めていた。


 圧倒的な力量差。

 一手間違えることも許されない、死と隣り合わせの戦闘。

 確実に追い込まれている状況。


 そんな状況の中。

 僕は昂っていた。


 自分の力をぶつけたい。

 壁を越えて、さらに成長したい。


 その気持ちが僕の身体を支配していた。


 さっきのような〈威圧バインド〉による怯えは微塵も感じない。

 身体全体が前へ、前へと進もうとしている。


「くっ……もう一度〈障壁シールド〉を――――」

「させるか……!」


 僕は感覚を研ぎ澄ませる。


 意識するのは制限解除リミットオフによって流出している空間全体の魔力。

 それらを全て鎌へと集中させていく。


「これで! どうだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 全てを賭けた一筋の斬撃。

 斬撃は展開途中の〈障壁シールド〉を容易く両断した。

 障壁を切り裂いてなお、勢いは衰えない。


「ぐあぁぁぁぁぁ!」


 初めて聞く余裕の消えた声。

 ズゥメルの身体には大きな斬撃痕がハッキリとついていた。


「っ……やってくれますね。この私に傷をつけるとは」


 着込んだローブには血らしい染みがじんわりと拡がっている。


「本当に面白い方だ。いいでしょう……気が変わりました」

「何を……」

「ここで貴方を殺すのは容易い。ですが、その力をここで消してしまうのは惜しい。今回は勝ちを譲るとしましょう」


 ズゥメルはその場で手をかざすと、空間を歪ませる。


「待て……!」

「そう慌てず。またお会いできるのを楽しみにしています。生きていればですがね」


 そう言い残し、ズゥメルは歪みの中に消えていった。


 歪んだ空間が完全に消えたことを確認した後。

 僕はその場でどさりと腰を下ろした。


「ふぅ……どうにか、なったのかな」


 ズゥメルの姿が見えなくなり、緊迫感が抜けていく。


「ブルーもお疲れ様」


 鎌は淡い光を放ちながら、スライムの姿へと戻っていく。

 目に見えて、ブルーもぐったりとしている。


 これまでに溜まった疲労が押し寄せてきている。

 少し休まないと、動けそうにない。


 にしても、

 またお会いできるのを楽しみにしています、か。


 今回はどうにかなったとはいえ、実力差は歴然。

 あのまま戦い続けていれば、間違いなくこっちが先に潰れていた。


 次に戦う時はもっと強くなっていなければ、今度こそ死ぬかもしれない。


「ふぅ……」


 深い息が漏れる。

 ともかく今は――――


 やっと気持ちを落ち着けると思った、その時。


 突如として激しい地響きに襲われた。

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