第12話 絶望の果てに

 僕たちは異形の怪物との激闘を制した。


 爆発の後、完全に吹き飛んだことを確認すると、全身を脱力感が襲った。


「そうだっ......た」


 業魔のオーブはまだ魔力を吸い続けていた。


 相当な量の魔力を吸われており、身体が悲鳴を上げている。

 再び魔道具による拘束をかけ、魔力の流出を止める。

 床に刺さったままの封剣も回収し、〈魔武錬成ポーゼライズ〉も解いた。


 その瞬間、ブルーの姿が現れる。

 ぽちゃりと着地する、その姿はどこか力無い。


 随分とブルーにも頑張ってもらった。


「ブルー、剣に戻る?」


 剣の中ならゆっくり休めるだろう。

 しっかりと疲れを癒してほしい。


 だが、ブルーはふるふると身体を横に揺らした。


「戻らないの? このままでいいならいいけど……」


 今度はブルーは縦に身体に揺らす。


「そっか」


 僕はその辺の壁際で腰を下ろす。


「はぁ……」


 なんとか勝てた。

 少なくとも現状で持てる力を精一杯活用した結果だろう。


 だが、想像以上に実戦は厳しかった。

 たったの1戦。

 スキルを使って戦っただけで、もうへろへろだ。

 これでは連戦になった時、使い物にならない。


 もっと魔力の制御ができれば、オーブの制御ができたかも知れない。

 もっと一撃の爆発力があれば、再生能力があっても素早く倒せたかもしれない。


 まだまだ課題は山ほどある。


「……遠いなぁ」


 かつて感じたヴァレットの力はこんなものじゃなかった。

 攻撃力、手数、スピード、魔力コントロールなどあらゆる能力が僕とは比べるべくもなかった。


 こうして実戦を経て、改めてその凄さが分かる。


「まあ、これからだな。ブルー、そろそろ行こうか」


 僕の側にピタリとくっ付いていたブルーに声をかける。


 このまま休んでいる訳にもいかない。

 早くゴルドーたちと合流しないと。


 重い腰を上げて立ちあがろうとした、その時。


 ふとおかしな気配がした。

 気のせいかと思ったが、そうじゃない。


 目の前の空間が歪み出した。

 歪みは次第に大きくなっていく。


「ふむ……いささか想定外ですねぇ」


 歪みの中から現れたのは、山羊頭の異形。


「ズゥメル……!」

「おやおや……まさかビーストを倒してしまわれるとは。とはいえ、もうボロボロのようですがね」


 ズゥメルはフロアをキョロキョロと見渡している。

 真剣味のない様子だが、隙は全く感じられない。


 疲労した身体に鞭を打ち、剣を構える。


「随分と高い魔力をお持ちのようですねぇ。まだ魔力の残滓がはっきりと残っている」


 まるで値踏みするかのように視線を向けてくる。


「重大な損害ではない。この程度の魔獣なら簡単に産み出せますからね」


 そう言うと、ズゥメルは魔力を手の上で操作する。

 魔力の球体が数回波打ったかと思うと、さっき戦った怪物へと形を変えた。

 サイズは小さいが、あの奇怪さはそのままだ。


「ですが、ようやく動き出した計画を邪魔されたのは気に入りません。それなりに時間をかけていたのですから、ね」


 丁寧な声色の中にわずかな怒気が混じる。

 その瞬間、心臓を掴まれたような息苦しさが襲った。


「まあ仕方ありません。ビーストを失ってしまったのは残念ですが、貴方の命で手を打つとしましょうか」


 ズゥメルは真っ直ぐこちらへ近づいてくる。


 剣は既に構えている。

 相手の動きは遅い。

 ただ真っ直ぐ歩いてきているだけだ。


 なのに、全く身体が動かない。

 それどころか剣を持つ手が震えている。


 このままではまずい。

 一体どうすればいい?


 完全に頭が真っ白になる。


「何です?」


 ふとズゥメルの動きが止まった。


「……ブルー!」


 ズゥメルの前に立ちはだかったのはブルーだった。


「スライム、ですか。低級モンスター風情が何の用です。そこをどきなさい」


 ズゥメルはブルーを睨みつける。

 だが、それでもブルーは動く気配を見せない。


「……物わかりの悪いモンスターだ。私は今非常に機嫌が悪い。冗談を笑い流せるほど、寛容ではないですよ。死にたくないなら早くどきなさい」


 凄まじい殺気。

 直接向けられてはいない僕でも怯んでしまうほどの圧を感じる。

 なのに。


「動きません、か。大した度胸だ。その度胸に免じて、一瞬で消してあげますよ」


 ズゥメルは指先をブルーへと向ける。

 その指先には魔力が込められている。

 放たれれば、確実にブルーは死ぬ。


「ブルー! 逃げろ! こんなところで死んじゃダメだ!」


 僕は必死に叫んだ。

 大事なパートナーの危機なのに、全く身体は動いてくれない。


「喚いたところで一緒です。死になさい」


 指先の魔力が放たれる。

 ブルーへ真っ直ぐ向かっていく魔力弾。

 その様子はスローモーションのように見えた。


 死ぬ。

 ブルーが死ぬ。

 ずっと一緒にいてくれたパートナー。

 冒険者として楽しい時も辛い時もその側にはブルーがいた。


 そんなブルーがいなくなる?


 嫌だ。

 それだけは絶対に嫌だ!


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ! ブルー! 〈魔武錬成ポーゼライズ〉!」


 ブルーは魔力弾が届くすんでのところで封剣に吸い込まれていく。


「はぁ、はぁ、ブルー……」


 封剣にはブルーの魔力を感じる。

 スキルは正常に発動されている。


「ほう……。〈威圧バインド〉を破りますか。少しは骨があるようだ」

「ここからだ。僕たちはここで終わる訳にはいかないんだ」


 身体が動く。

 さっきまで動かなかったのが嘘のようだ。


「ふぅ。仕事が増えますが、良いでしょう。それほど死にたいというなら付き合って差し上げましょう」


 ズゥメルから威圧感が膨れ上がる。


 魔力だ。

 圧倒的なまでの魔力が圧を生み出している。


「すぐに済みます。ジッとしていてくださると助かりますが」


 ズゥメルの手が僕に向けられる。


「させるか! 〈分裂ディバイド〉! 円輪刃!」


 分裂させた剣を速攻で飛ばす。


「遅い。欠伸が出ますね」


 ズゥメルは指だけで円輪刃を止めてみせた。


 魔力をかなり消費した後とはいえ、全力の一撃。

 スピードも威力も最大で放ったはずだった。


 これが実力差か。


 正直、絶望的だが、負けられない。


「次はこちらから行きますよ」

「……っ!」


 容赦なく迫る魔力弾。

 単純なモーションから放たれながらも威力は殺人級。


「ぐぅ……!」


 魔力弾を受け止める剣から感じる衝撃。

 攻撃は何とか弾けているが、その衝撃はじりじりとスタミナを削っていく。


「存外、粘りますね。なら、これはどうですか」


 またも魔力弾が飛んでくる。

 ギリギリでも何とか弾けないことはない。

 目の前の攻撃に集中する。


「ふっ……」


 迫る魔力弾の向こう側。

 ズゥメルが少し笑った気がした。


「え?」


 集中を切らしてはない。

 そのはずだった。

 しかし、僕は魔力弾を見失ってしまった。


 そして次の瞬間、激しい衝撃に襲われた。


「がっ……」


 何が起こったか、分からなかった。

 ただ、僕の身体は一瞬で壁に吹き飛ばされていた。


「……ぐっ……あっ……」


 走る激痛。

 あまりの痛みに視界が霞む。


 今、倒れたら死ぬ。

 その思いだけが僕の意識を保たせる。


「……効かない、な」


 足元の剣を拾って、辛うじて立ち上がる。


 想像以上に重い一撃。

 ズゥメルの様子を見るに軽い攻撃なのだろうが、レベルが違いすぎる。


「強がりを。生意気も過ぎると不快ですねぇ!」


 ズゥメルの魔力光が強さを増す。

 身体はいよいよ動かない。

 剣を握っていても、上げることすらままならない。


 強がってはみても、ここまでか。


 どうにもならない状況に心が折れかけて――







 「お主は変わらぬな」


 聞き覚えのある声。

 ここで聞こえるはずのない声。


「ヴァレ……ット……?」


 姿は見えないが、確かに聞こえた。

 間違いない。

 これはヴァレットの声だ。


「何をしておる。前を向け。お主の手に何がある?」


 手にあるのはブルーと融合している封剣。


「お前の良さは自分以上にパートナーを想えることじゃ。パートナーとの絆を信じよ。さすれば、きっと力は応える」

「……信じる……力……」


 目を閉じる。

 封剣に宿るブルーに意識を集中する。


「何を……」


 ズゥメルの声には気も止めない。

 ただブルーだけを感じる。


 これまでよりもずっと近くに。

 これまでよりもっと深く。


「〈魔核再製ミスエイト〉!!」


 その一言と共に僕たちは光に包まれた。

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