第10話 怪物

 静かな遺跡の中に地面を駆ける足音が響く。


 こんなにも遺跡の中は静かだっただろうか。

 この静けさが僕たちの気持ちをはやらせた。


 今向かっている信号の消えた場所は比較的近くにあった。

 しかも2つ、重なり合うように表示されている。


 間違いなく、何かあった可能性は高い。


 強力な魔物か、それとも巧妙な罠なのか。

 だが、今は僕たちに躊躇っている時間はなかった。


「もうすぐ信号の消えた場所だ。戦闘がある想定で準備はしておいてくれ」

「了解です」

「わ、わかりました」


 走りながら、僕は魔力を高めていく。

 その魔力が業魔のオーブを介して、増幅され、蓄えられる。


 ここからは実戦。

 ここまでズゥメル以外の魔物に遭遇しなかったこともあり、戦闘はなかった。

 あの、ヴァレットとのヘルタイガー戦以来の実戦である。


 僕が完全に使えるのはブルーの〈魔武錬成ポーゼライズ〉のみ。

 これがどこまで通用するか。

 不安は募るばかりだ。

 何にしても、この期に及んではやるしかない。


 自分を奮い立たせていると、前を走るゴルドーの足が止まった。

 その前には広間の時と同じような扉がある。


「位置的にはこの向こうだ。準備はいいかい?」


 僕とランはコクリと頷く。

 それを確認すると、ゴルドーは扉に手をかけた。


 徐々に開いていく扉。

 顔を伝う汗。

 心臓の鼓動がはっきりと聞こえる。


「2人とも気をつけて」


 開かれた扉の向こうは大部屋になっていた。

 奥に進むと床に転がる何かが見えた。


「シン! フィア!」


 ゴルドーが叫びながら、駆け寄る。


 床に転がっていたのは、統合軍のメンバーだった。

 床にはべったりと血痕があり、ゴルドーの必死の呼びかけにも応じる様子がない。


「ひどい……」


 あまりの惨状に真っ青のラン。

 僕も初めて見る光景にしばらく言葉が出てこなかった。


「……こはっ」

「シン!?」


 倒れていた内の1人が意識を取り戻した。

 といっても息は絶え絶えで、動くことはおろか、喋ることすらままならない様子だ。


「……ゴル、ドーか」

「そうだ、一体何があった」

「……気を、つけろ。上、だ……」


 そう言い残して、シンは再びぐったりと意識を失った。


「シン! シンッ!」


 大声で呼びかけるが、反応はない。


「あの……ゴルドー、さん……」

「ごめん、今それどころじゃ」

「いや……上……です」


 ランの震える声。

 その発言に皆が上を見た。


「な……」


 それは、とても大きかった。

 そして、常軌を逸した異質さがあった。


「ふひっ。また、あたらしい、えさ、きた」


 8本の強靭な足。

 目も鼻も口もないつるりとした身体。

 その身体からは2本の腕が伸び、先にはまるで人のような口が付いている。

 口が動き、歯がガチガチと音を立てる様子は一層不気味さを醸し出している。


 想像を超えた異形。

 目の前にあったのは、そのような怪物だった。


「気をつけろ! そいつはまずい!」


 ゴルドーの雰囲気が一気に臨戦体制へ変わる。

 空気を察して、ランと僕も剣を抜いた。


「お、お? おでと、やるきか?」


 奇妙な化け物は天井から飛び降り、激しい振動と共に着地する。


「おでは、つよいど。さっきと、いっしょ、おまえたち、えさ」

「なるほど……みんなコイツにやられたという訳だ」


 ゴルドーから圧倒的な魔力を感じた。

 身体から溢れんばかりの高まりだ。


「ディノくん、ランちゃん。僕はちょっと抑えられそうにない。援護は任せていいかい?」


 にこやかな笑顔。

 だが、そこに穏やかさは全く無かった。


「わ、分かりました。補助魔法で援護します」

「僕は遠距離での攻撃で」

「了解。それで頼むよ」


 ゴルドーが怪物の前に出る。


「行きます! 〈攻撃強化アグレッシブブースト〉!」


 ランが言葉と共に魔力を込める。

 3人の周りを魔力で形成されたオーラが包んだ。


「ぐひひ。ころされる、じゅんび、できたか」

「もちろんだ。だが、死ぬのは君の方だけど」


 腰を低く構えるゴルドー。


「さあいくぞ」

「ぶき、ないのか? にんげん、ぶき、つかう」

「僕には必要ないんだ」


 ゴルドーの拳に魔力が渦巻く。

 魔力の奔流はやがて剣を形成する。


「武装拳〈絶刃〉ブレード


 爆発的な魔力。

 ゴルドーが地面を蹴る。


「ぎぃああああああ!!」


 次の瞬間聞こえたのは、耳をつんざく断末魔。


 そこで初めて気づく。

 ゴルドーは怪物の背後にいて。

 そして怪物の片腕を切り落としていたことに。


「凄い……」


 ランから言葉が漏れる。


 確かにとてつもない強さだ。

 統合軍が精鋭揃いと言われているだけはある。

 魔力の起こりから形成まで流れるような所作。

 スピード、威力共にハイレベルだ。


「ぬ、ぬ。なかなか、やる。でも、むだ」


 不気味な笑み。

 この怪物には眼はないはずなのに、気味の悪い視線に貫かれている気分だ。


「無駄口はほどほどに……って」


 怪物のさらなる奇怪さはゴルドーの言葉を奪った。


 ゴポゴポと断面より噴き出す泡。

 泡はやがて形を得て、怪物の腕となった。


「も、もと、どおり。ぎゃぎゃぎゃ‼」


 2つの口から漏れる叫び声ともつかない笑い声が僕たちの耳を刺す。


「再生した……⁉」

「どうやらそうみたいだね」


 驚く僕やランに対して、ゴルドーは動じず落ち着いている。


「そんな……じゃあどうやって倒したら……」

「大丈夫。再生しているとはいえ、魔力の消耗はあるはず。事実、魔力反応が再生する度に少しずつ小さくなっている。枯渇するまで斬るまでだ」


 ゴルドーはそう言い放つと、再び拳に鋭い魔力を纏う。


「シンたちが受けた痛み、返させてもらう」


 ゴルドーの魔力光が無数の線を描く。

 圧倒的なスピード。

 僕が援護を挟む隙すらない。


「ぎぃあああああああ‼」


 線が引かれる度に響く断末魔。

 腕が落ち、足が落ちる。


 あっという間に怪物が切り刻まれていく。


 それに抗うように切り落とされたところから瞬時に再生されていく。

 切断と再生。

 それらが絶え間なく繰り返された結果、この広場は切り飛ばされた腕や足で埋め尽くされた。


「ふぅ……なかなかタフじゃないか」

「お、おまえも、やる。ここまで、きられた、はじめて」

「さて、もう一度根比べと行こうか」


 ゴルドーが動こうとした、その時。


「あそびは、おわり」

「なに?」


 怪物の声が聞こえた。


 それは、目の前に立ってる怪物からではなく。

 からである。


 厳密に言えば、その床に散らばっているモノから。


「ぐっ...」


 ゴルドーが苦悶の表情で膝をつく。

 無数の腕が身体のあちこちに噛み付いており、身動きが取れずにいる。


「ゴルドーさん! うっ……」


 ランが駆け寄ろうとするも、その動きは鈍い。

 ゴルドーの猛攻を補助魔法でずっと支えていたのだ。

 魔力が少なくなっているのだろう。


「僕が行きます。ランさんは無理しないで。魔力がかなり減ってる」

「ごめん……お願い」


 やれるのか?

 自分に問い続けながらも剣を構える。


 自信はない。

 不安は大きい。

 この瞬間も手は震えて、心臓はバクバクと音を立てている。

 でも、今はやれるかじゃない。

 やるしかないんだ。


「ブルー! 〈魔武錬成ポーゼライズ〉!」


 掛け声に合わせ、剣からブルーが飛び出る。

 そして淡白い光と共に剣に吸い込まれていった。

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