第9話 異変
「ズゥメルだって……?」
「知っているんですか?」
ミアの問いかけにゴルドーはゆっくりと頷いた。
「以前、魔国軍と統合軍が大きくぶつかり合った戦闘があってね。その時に軍の方で脅威認定された魔族が4体いるんだ。〈怪鳥〉ベイルズ、〈煉獄〉バルマー、〈死将〉レイズ、そして〈幻魔〉ズゥメルだ」
「脅威認定……」
脅威認定とは、特別に賞金がかけられた危険指定の魔物のことである。
精鋭揃いの統合軍や歴戦の冒険者ですら、手に余るほどの実力を持っているのだとか。
これまでに指定されて討伐が完了したものはまだ2例しかでていないらしい。
「直接戦ったことはないけど、聞く限りでは〈幻魔〉の名の通り、幻術を使うようでね。厄介な相手だと聞いてる」
「私をご存知とは、嬉しいものですねぇ。是非ともお相手をして差し上げたいところですが……私、皆様を歓迎する準備で手一杯でして。この場はこれでお暇させていただきます」
ズゥメルはくるりと背を向ける。
その刹那。
「紫電・裂壊」
室内であるはずの広間に風が吹いた。
最初は何が起きたのか、分からなかった。
ただ、先程までランの側にいたゼンジが一瞬のうちにズゥメルとの距離を詰めている。
「あっ……」
そして、ズゥメルはというと。
見事に真っ二つになっていた。
「……ふふっ。せっかちな方々だ。そう焦らずともいずれ必ず」
床にボトリと落ちたズゥメルの半身はそう言葉を残して動かなくなった。
やがて、それはまるで背景に溶け込むかのように消えていく。
「ふう……何とかこの場は乗り切ったね」
ゴルドーがため息をつきながら、階段を降りていく。
僕とレイ、ミアもそれに続く。
ラン、そしてレイ、ミアの3人はみんなで駆け寄り、無事を確かめ合っている。
「あれは一体?」
「奴が得意とする幻術だろう。斬ってもまるで手応えがなかった」
剣を納めながら、ゼンジが答える。
「じゃあ脅威認定の魔物がまだこの中にいるってことですよね……?」
「術者が必ず同じ場所にいるとは限らないけど、警戒する必要はあるだろうね。ひとまず、僕たちだけではどうにもならない。他のグループと合流を図ろう。ゼンジ、連絡を取ってくれるかい」
「了解した。少し待て」
ゼンジはウインドウを呼び出し、操作を進めていく。
だが、その手が突然ピタリと止まった。
「どうした?」
ゴルドーが横からウインドウを覗き込む。
すると、みるみるうちにゴルドーの表情が固くなっていく。
「事態はかなり深刻かもしれない。みんな集まってくれるかい」
ゴルドーの呼びかけに顔を見合わせる僕とランたち。
何かが起こった。
それだけはゴルドーの表情から読み取れた。
「さて、まずみんなには今の状況を話さなければならない。ゼンジ」
ゴルドーの合図でゼンジがマッピングデータを表示する。
「最初、遺跡に入った調査隊は10組。その各隊の状況はこうなっている」
マッピングデータに10個の点が加えられる。
その内、5個が赤く光り、もう5個は黒くなっている。
「えっ……これって」
この点の意味を察したミアの顔が青ざめていく。
「そう。既に5つの隊が通信不能になっている。だが、必ずしもやられてしまったという訳じゃない」
ゴルドーはそう言うが、何か不測の事態が起こったということは明白。
最悪の展開になっていることも当然考えられる。
もちろんゴルドーはそれも理解していると思うが、諦めていないのだろう。
「それでこれからだけど、二手に分かれようと思う」
「二手?」
「まず一つはまだ反応のある隊と合流する組だ。残りの四隊を集めて、撤退準備を進めてくれ。
これにはゼンジ、そして探索系のスキルに強い盗賊のレイちゃん、機動力に優れる弓使いのミアちゃんに行ってもらいたい。いいかい?」
ゴルドーから向けられる視線に3人は頷く。
「あとは、反応が消えた隊の安否確認に行く組だ。僕と高ランク装備を持つディノ君、戦闘補助の魔法が使えるランちゃんの三人で行く。確実に魔物との戦闘が予想される。危険は伴うけど、僕が出来るだけ安全を確保するつもりだ。ついてきてくれるかい?」
戦闘と聞いて、先程のズゥメルの圧倒的な威圧感を思い出す。
僕は、逃げまいとする気持ちを押さえつけ、精一杯の虚勢を張った。
「大丈夫です。必ず助けましょう」
「こ、怖いですけど、でもやるしか、ないですもんね。精一杯、やってみます」
「ありがとう」
ゴルドーは同行を決めた僕たちと握手を順番に交わしていく。
「時は一刻を争う。早速動こう。急いではもらいたいけど、冷静さは失わないように。最悪の場合は自分の身の安全を優先するんだ、いいね?」
皆が真剣な顔つきで頷いた。
「それでは健闘を祈る」
僕たちはそれぞれの目標に向かって、移動を始めた。
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