第8話 邂逅

 ダンジョン化している遺跡の中は予想以上に入り組んでいた。


 フロアの広さもそうだが、複雑な数多くの分かれ道。

 最初はまとまっていた調査隊もあっという間にバラバラになってしまった。


 こういう時のため、それぞれの隊にいる軍人は〈記録レコード〉と〈通信リンク〉を使用している。

 〈記録レコード〉は通った道を自動的にマッピングデータとして記録してくれるスキル。

 〈通信リンク〉はスキル使用者間でのマッピングデータと現在地の共有と同期に加え、任意での音声通信を可能にする。

 これで緊急時の連絡や反応が途絶えた際に対応できるという訳だ。


「それにしても広いですねぇ。造りもしっかりしてるし、何の場所だったんでしょうか」


 ランは辺りを見回しながら、通路の壁をコンコンと叩いている。


「これまでに俺たちは何回か遺跡調査はやって来たけど、ここまで立派に造られたものは初めてだ。その他は大抵、洞穴みたいなものだったからね。何か意味のある場所である確率は高そうだ」


 最初こそ岩肌の目立つ遺跡だった。

 だが、階層が進むにつれて、様子が変わってきた。

 壁や床は丁寧に切り出された石造りになり、扉で区切られた部屋が見られるようになった。


 明らかに何者かの手が施されている。

 そう思わせるだけの精巧さがこの遺跡にはあった。


「一応、俺の方で気配感知スキルは常に発動しているが、目視での警戒は怠るな。どんな異変にも油断は禁物だ」


 パーティの後方で警戒するのはゼンジ。

 ゴルドー、ゼンジの軍人組は先頭と最後方に分かれ、隊を挟み込む形で進んでいる。

 何かあれば、どちらかが即座に対応できる盤石の布陣である。


 2人の所属する統合軍は各国から集められた精鋭で構成された国際的な軍隊だ。

 活発になっている魔国軍への対応のため、国境を越えて自由に動ける柔軟な軍隊というコンセプトのもとに立ち上げられた。


 結成されて日が浅い統合軍は人数こそまだ少ないものの精鋭の看板は偽りではない。

 全員が戦闘、調査のエキスパート。

 さらに各地のボランティアなども幅広くこなし、周りからの評価も高い。


 その例に漏れず、ゴルドーもゼンジも相当な実力者のようだ。

 何でもないように歩きながらも一瞬たりとも気は抜いていない。

 身のこなしも僕やランたちとは違い、かなり洗練されていることがわかる。


 しばらく歩いていると、左方向に扉が見えてきた。


「おっ。入ってみるかい?」


 ゴルドーが背中ごしに問いかけてくる。


「行きましょう。ずっと通路を歩くばかりじゃ面白くもないですし」


 すっと前に出てきたのは、レイ。

 扉に手をかざし、


「〈精査スキャン〉」


 と一言。

 すると、かざされた手がぼんやりと光り、そこにウインドウが開かれた。


「うん。罠の類いはないみたいですね。大丈夫です」

「そうか。レイちゃんは盗賊だったね。ありがとう、助かるよ」

「いえ、それよりも先に行きましょう」

「そうだね。一応、みんなも気を付けておいてね」


 ゴルドーは警戒を促しながら、扉に手をかける。

 力を込めると、ゴゴゴ、と重々しい音を響かせながら、扉が開いていく。


「ここは……」


 扉の先にあったのは、下へとつながる階段だった。

 ベランダのようになっており、下の階が見えている。

 その下の階はどうやら広間になっているようだ。

 そして、広間の四方には奥に行けそうな出入口がある。


「す、すごーい! めっちゃ広いじゃん!」


 テンションが振り切っているランが飛び跳ねるように階段を降りていく。

 ホールの真ん中へと駆けていき、心底楽しそうにはしゃいでいる。

 その姿を見ていると、ここが未知の遺跡であることなど忘れてしまいそうだ。


「いや、これは――」


 ゼンジがぼそりと呟いたかと思うと、階段を飛び降り、ランのすぐそばへと着地する。

 その澱みのない動作に驚く間もなく。


「〈障壁シールド〉」


 ゼンジとランの周りに結界が張られていく。


 キンキンッと金属音が重なって響いた。

 結界の周りには勢いを失った矢が散らばっている。


「危なかったな。気をつけろ、何かいるぞ」


 ゼンジは結界を解くと、即座に剣をどこからともなく呼び出し、構える。


「あ、ありがとうございます。でも何の気配もしなかったのに……」

「気にするな。おそらくは気配を消す類いのスキルだ。神経を研ぎ澄ませろ。相手は手強いぞ」

「は、はい」


 ゼンジと背中合わせにランも剣を構える。


「すぐに僕たちも――」

「待つんだ」


 慌てて階段を降りようとする僕をゴルドーが止める。


「まだ敵の出方が分からない。今バラバラに動けば危険だ。ランちゃんはゼンジがいれば、とりあえずは大丈夫」


 辺りに緊張した空気が流れる。

 しばらくして、コツコツと足音のようなものが聞こえてきた。


「おやおや、自動防衛の不意打ちに気付くとは。優秀な方たちですねぇ」


 奥から姿を現したのは、山羊頭の怪物。

 身体は人間とは変わりない形だが、頭だけが山羊。

 それに加えて、背広を纏っている。


「お初にお目にかかります。私はズゥメル。この地、ステイルを魔王様より任されている者でございます」


 自らをズゥメルと名乗る怪物は恭しく頭を下げた。

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