第3話

そして…またも忍耐の日々がやってきた。

御両親にもお目にかかれて、連絡も順調だったのに…。

あの日、ただ緊張を解くために’可愛い‘’と言ってくれただけなのだろうか…

(あれ?あの後、確か…‘’ワンピース変じゃないから‘’って言ってなかった?

私、頭の中でそう思っただけじゃなかった?)


と、利用者に『はい、こちらへどうぞ。』と声掛けをした。

まだ一部の電子化が完了しておらず、貸出カードを抜く。そして後で処理をする為に傍らに置く。

返却期日票に貸出期限を示す日付印を押し、図書を利用者に渡しながら返却時のご案内をした。

凪桜は、この作業が好きだ。

図書館に通い、‘’図書館のお姉さん‘’に憧れていた、小学生の頃を思い出すからだ。

電子化は便利であるが、凪桜にとっては、ちょっと味気ない。

残された貸出カードを手にすると、その中に彰吾さんの名前があった。

その人を知るには、本棚を知るのが1番!

凪桜は、自論を忘れていた。


その日、自ら閉館当番を買って出た。

(私情たっぷりですみません…。貸出データを見たりしないので許してください…)

確か…この本と、あの本とあの本…。

凪桜が担当して貸出した記憶を辿る。

そして迷わず貸出処理をした。



お風呂から出た凪桜は、3冊の本の表紙を眺める。

月の本、装束の着かたの本、お参りのマナー本。

淋しさが紛れそうだし、彰吾さんの事がわかるかもしれないし、一石二鳥だよね。

よし、読んでみよう!

そして読書モードに入った。



合間を縫ってやっと3冊読み終えた。

彰吾さんにとって、この図書は必要とした図書だったのだろうか。

(ちゃんと要望に答えられていたのだろうか…司書としての自信も危ういかも…)

せめてジャンルが共通していたならば、手掛かりの1つになり得ただろうに。

ちょっとがっかりな結果となった。


明日は、沙友里先生の着付教室。

あの装束の事を聞いてみようか。

そんな事を思いつつ眠りについた。



『こんにちは』

『凪桜さん、いらっしゃい。こちらへどうぞ。』

お稽古部屋に案内される。


『どうしたの?凪桜さん、何かあったの?』

沙友里先生は、以前、学生に着付を教えていた事もあると伺っていたので、とても敏感だ。

何気なく思い出したように、それとなく彰吾さんの装束の事を尋ねるつもりだったのに。

先手を打たれてしまうと、言葉が出てこなくなってしまう。そして自分の小心さに呆れる。

『あっ、いえっ、あのっ…ここで彰吾さんに会った時、装束の着付けをしていて…。イベントでもなさそうでしたよね?』

(わ、とんでもなくストレート!何をしているのだ、私は。)


『装束ね…とても素敵だったわね。あれは着付のし甲斐があったわ。』

『そう…ですね。はい、とても素敵でした。』

それから話題は別のものになり、

結局、今日は何も彰吾さんの事はわからなかった。


こうなったら、思い切って本人に聞いてみよう。

そう決めた。


駅前の広場に彰吾さんがいた。

周りの女子の目がハートマークになっている様子だ。

でも話し掛ける女子は、いないみたい。

皆、揃ったように一定の距離を保っている。


到着までにはあと少し距離があるのに、彰吾さんは、‘’こっちだよ‘’と言わんばかりに合図する。

何度も見ているが、この、ちょっと照れた様な合図は、動画に収めたいくらい可愛い。

女子の視線が、合図の方向を辿り、視線がまるで矢印のように、私に突き刺さる。

ここで毎回、弁慶さんの最期と自分が重なる。

‘’何であんな子が、イケメンと?と言わんばかりの視線には、やっぱり慣れない…。


私だって、再び、麗しいメガネ男子と出逢えるとは思ってもみなかったのだから。


近くの喫茶店に入り、珈琲を注文し終えると、

『元気だった?』と彰吾さんがこちらを見た。

『う、うん。元気…』


『なにげなく、それとなくって、何?

さっきから、ブツブツ言ってるけど…』


『え、な、なんでもないっ!』


『ねぇ、装束が趣味って言ってたけど、いつから?』

(わ、またストレートになってる!)

『18 歳になってからかな。』

『最近じゃない…きっかけは?』

『いや、装束が似合うんじゃないかと思ってさ!』

『うん、すごく似合ってたよ。沙友里先生も着付のし甲斐があったって言ってた。』

『…それ、いつ聞いたの?』

『この前のお稽古の時…』

『他に何か聞いたの?』

『ううん、それだけ…』

『ならいいんだ…。装束は、ただの趣味だから。…それだけだから。』

『…わかった。』

(何だか気まずくなってしまった。あまり触れて欲しくない感じね。)


しばらくの沈黙の後、彰吾さんから嬉しい言葉を聞いた。

それはお母様からの『また遊びに来てね』とのお誘いだった。

しかも『彰吾が居ない時でもいいからね!』という、非常に都合の良いお誘いだった。

『わぁ、是非!お店に電話すれば、いいのかな?』 『母さんは、ほぼ家に居る人だから、それで良いと思うよ。…来週くらいまでなら助かるかな。』


その2日後、お店に電話を掛けた。

『もしもし、先日お伺い致しました、内藤です。』

『あぁ、内藤さん。ちょっと待ってくださいね。』

『はい。』

(お父様、なんて落ち着くお声をされているのだろう…。)

うっとりしていると、

『凪桜ちゃん、お電話くれて嬉しいわ。』と、お母様の声が聞こえてきた。

そして、次の土曜日に遊びに行く約束をした。

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