Tダム 【過去】
いきなりの怒声に僕は固まったが、その間にも女性は口を止めない。
「お前、庇われたんだろっ……環さん一人だったら、たかが上級相手にこんな怪我をするはずがない!! なんでお前なんかが環さんと一緒にいるんだよっ」
勢いよく詰め寄ってくる女性に、上司の姿が重なって見えた。
『なんでお前なんかがここにいるんだよ、グズ』
『消えろよ。なんで俺がお前の後始末しないといけないわけ?』
『お前本当に使えねぇな。生きてる価値ないってそろそろ気付けよ』
重なる。
ダブる。
混ざる。
一気に、過去に戻ったような気持ちになった。
息が苦しくなって、ひゅっと喉が鳴る。
「ご、ごめんなさ……」
死んで解放されたと思っていた生前の感覚が戻り、青白い顔で俯いて震え……上司にしていたように謝ろうとした僕の手に、ほんのりと温度が伝わる環ちゃんの手––––肉球が重ねられたことで、ハッとした。
『止めろ、
環ちゃんの静かな声は、真っ直ぐと耳に届く。
「でもっ……」
それ以上に言い募ろうとする女性……巫弥と呼ばれた人に、環ちゃんは目を細めて不快だと示した。
『止めるのが遅くなったが……盾くんの非難は私が許さない。彼は私が神羅さん経由であの人から預かり、既に私が隣に立つ事を認めた人間だ。その彼を非難するとならば……少なくとも、私と第壱席は敵に回すと思え』
そうやって口にされた言葉は、巫弥さんを止めるのに十分だったらしい。
だが、巫弥さんはまだ納得はしていないと示すように舌打ちをして僕のことを睨み続けていた。
『はぁ。……巫弥、盾くん。とりあえず部屋で横になりながら説明するから、二人とも私の部屋に入れ。廊下で話すには話が長くなる』
その様子をさらに目を細めて見て、更にまだ僕の震えが完全に止まっていないことに気付いたのであろう環ちゃんは、短く息を吐いてから僕らにそう告げて……部屋の扉を開けた。
◇
女性の部屋に入るのが初めてなこと、そして目の前に座っているのが絶対に自分と友好的じゃない人であるということ。
更に、隣に座った……というよりも猫姿で丸まったというのが正しいが、ともかく隣にいる環ちゃんと僕の距離が異常に近くて、目の前の巫弥さんの視線が鋭い。
緊張と緊張と緊張といろんな意味での恐怖という四コンボで、僕の体はカッチカチになっていた。
『というか、首都圏担当の巫弥がなんでこっちにいるの? 呼んだ覚えもないけど』
「最近……ここらを担当する狩野家がなにやら怪しい動きをしているという情報が、第伍席経由で入ったので知らせようと。神羅さんいわく、時期的にもそろそろらしいので」
『ああ、祓い屋か。Gトンネルに行った時に、なんか怪しい気配はしたけど……自分達で決めた【禁足地】に無名の霊能者が現れるのを期待してたのかな?
全く、忌々しいったらないな……』
「そういう生き物でしょう」
心底嫌だという感情とほんの少しの呆れを滲ませた声で舌打ちをする環ちゃんと、それにサラッと同意した巫弥さんの慣れが感じられるやり取りに……僕は何故かよくわからないモヤモヤを胸の中に覚えた。
なんだろう……何も食べてないけど、胸焼け?
霊にも胸焼けってあるのか?
首を傾げながらも、ポンポンとわからない単語が飛び交うのをぼうっと眺める。
『まぁね。……ああ、【禁足地】で思い出した。君が無能扱いした盾くんだけどさ、住んでたのは埼玉のKマンションだよ?』
「……え?」
体と共に固まって、喉が空気を震わせることを拒否するから……よくわからない話を黙って右から左に聞いていた僕だったが、急に自分の話が出て思わず声が出た。
え、待って待って待って!?
Kマンションって有名な心霊スポットじゃん!!
「……はっ!? 特一級の心霊スポットじゃないですか!! え、
僕が混乱して内心叫んだのと同時に、巫弥さんも驚愕した様子で声を荒げた。
……もしかして、環ちゃんのサラッと重要なこと言う悪い癖に振り回されてる人?
取り乱しながら環ちゃんに詰め寄る様子を見て、思わず少し和んだ。
……なんか、仲良く出来そうだわ。
『神羅さんから渡された資料には、なんか管理を任されてた分家が金欲しさに売ったらしいって書いてあったよ』
「がぁぁぁあああ!! もうっ!! だから祓い屋は嫌いなんだっ!!」
のほほんとした声で答える環ちゃんと頭を抱えて叫ぶ巫弥さんには、今話している事態が理解できているのだろう。
だが、僕はむしろ誇りたくなるレベルでわからない。
ぜひ【禁足地】とかいう怪しげなワードから説明して欲しい。
僕は、わかり合っている様子の二人を見て募っていくモヤモヤの正体と自分を置いて進む話に首を傾げた。
「あの〜……【禁足地】……とかいう言葉から、説明してくれる?」
何事も、わからない事はわかる人に訊くのが一番。
……そういう信条のもと、まだ頭を抱えて嘆き続けている巫弥さんを横目に、僕は環ちゃんにおずおずと声をかけた。
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