《弍》 Tダム
Tダム 【邂逅】
二、三歩歩いたところで環ちゃんがふらついたので、僕はちょうど手に取った一度地面にひいたジャケットの砂を払い……それ越しに彼女を抱き上げた。
『あ、ああ……ありがとう。……一回行ったところなら地獄道が使えるから、ごめんだけど仁平にやり方聞いて繋げてくれる?』
「……うん、了解」
きゅうっと締め付けられるような感覚を覚える胸に気づかないふりをしながら……腕の中の環ちゃんの言葉に従って仁平さんに聞き、地獄門を開く。
「支部まで繋げろ––––開門」
目の前に広がった真っ黒い空間に、一回目と違って怯まずに飛び込んだ。
『良いところに……というか、同じところに飛んだのか』
「うん。……開門って言う時にイメージしたのがここだったからかも––––閉門」
……すると、初めての時に飛んだ場所に飛ぶ。
うん。地獄道の繋がる場所の僕のイメージが、ここに固定されそうだ。
なんてことを考えながら黒い空間を消す。
環ちゃんはまだ本調子ではないし、早く休んだほうがいいだろうと思い……支部の入り口へと目線をやると『ちょっと待って』と言って環ちゃんが僕を止めた。
「……何?」
『まぁまぁ……裏に回ってよ。前は盾くんの着替えとかを受付で受け取らないといけないから正面から入ったけど、特級獄卒は特殊な
視線と声で不服だと伝えると、目を細めて環ちゃんは話した。
「特殊な仕掛けって、なんか怖いから嫌なんだけど……」
獄卒になってから散々驚かせられた僕は、これ以上の驚きは遠慮したいと全力で顔を歪めて返した。
僕、こんな濃い経験してるけど……実は獄卒になって二日目って知ってた?
実際には、まだ四十八時間経ってないからね?
『でも、正面から入ったら絶対面倒臭いことになるよ? 前に盾くんが私を連れ出したことだけでも面倒臭いのが確定するのに、今まで一度も大きな怪我をしたことのない私がこんな状態で帰ったら……ね?』
「すぐに裏口に行こう」
面白がられているのは百も承知だが、僕は手のひらをクルクルして環ちゃんに即座に賛成した。
獄卒の先輩方に囲まれて環ちゃんを怪我させたことについて問い詰められる自分の姿がものすごく簡単に想像できて……うん。
それに比べれば、一瞬で終わる驚きなど安いものだよっ!!
……とは言っても心の準備をする時間が欲しかった私は、願わくば裏口が遠くあってくれと思っていたのだが、残念ながらすぐに着いてしまった。
『やめる?』
顔は変わらないのに……声に笑いを含ませた環ちゃんに「うぅ〜っ」と唸って威嚇してから軽く深呼吸し、ドアノブを握る。
特級獄卒が触れないと御呪いが発動しないしそもそも開かないと言って、環ちゃんが少しだけ腕の中から身を乗り出して……肉球をドアノブに軽く触れたのを確認してから、僕はドアを開け放った。
◇
『盾く〜ん? もう扉越えたけど?』
扉を開ける感覚と共に目を閉じていた僕は、環ちゃんの声に薄目を開けた。
うぅ〜っ……。
これで目の前が真っ暗だったり、炎の海の中に放り込まれてたりしたらどうしよう。
そんな僕の心配は、一瞬で吹き飛んだ。
「う、わぁ……」
目を大きく見開いて、思わず開いた口からは感嘆の声が漏れる。
木の薄い茶色と赤を基調にした先の見えない廊下が、細工された和紙で出来た間接照明で薄暗く照らされて……美しい影を映し出している。
まるで、異界の神社に迷い込んでしまったようだ。
それほどに神々しく、現実とは思えない光景だった。
神の住む世界なのだと言われても納得してしまう。
『どう? 地獄の開発部が最新技術を使い、外交部と協力して西洋の地獄の賓客も招けるようにデザインした……特級獄卒とその相棒、そして賓客専用の支部最上階は』
言葉にすると何もかもが陳腐になるように感じて、環ちゃんの衝撃発言も全てスルーして言葉を探ったけど……結局、この空間にふさわしい言葉は見つからなくて。
「すごいね……ただ、圧巻だ」
そんな言葉しか返せなかったが、環ちゃんは満足したようだ。
『この廊下、しばらく行ったら私の部屋だから……そこまで運んでもらっていい? 私の部屋の隣に、盾くんの部屋も用意されてるはずだから』
感動する僕が全然進まないからか、尻尾で僕を優しく叩いて先に行くよう促す。
まだまだ見足りないが、多分一生ここで時間を過ごせる気がしてしまったので……諦めて歩き始めた。
先が見えない廊下だが、数室分進んだら環ちゃんの部屋だと言うのでそれを信じて歩き続ける。
五分ほど歩いたところで、環ちゃんはやっと止まってと指示を出してくれた。
環ちゃんが肉球で壁を撫でると、今まで何もなかったところに扉が浮き出て僕達を迎える。
……僕はもう、驚かないぞっ!!
この空間はなんでもありみたいな感じがするからなっ!!
心臓バクバクしてるし、演出に感動しているのは否定出来ないけどっ……驚かないからっ!!
「環、さん?」
「ひゃぅっ!?」
部屋の前だし、と思って環ちゃんを降ろそうとしたところで後ろから急に声をかけられ、口から心臓がまろび出そうになる。
扉にびっくりし……てはなかったけど!?
別のところに意識が向いてる時に、急に声をかけるのは心臓に悪い……。
誰かを相手に言い訳をしながら振り返ると、女性が立っていた。
紫紺の髪を肩上で切り揃えていて、切れ長の鮮やかな蒼と黒が混ざったような独特な瞳が、気が強い印象を与えている。
上はシャツ、下は袴というような……昔、書生と呼ばれていた人達がしていたような格好だった。
背も僕より少し低いくらいで、声を聞いていなかったら男性と間違えただろう。
落ち着いた僕が冷静に観察していると、女性は少し驚いてから頬を緩めて環ちゃんに目を向けて……急に表情を固くして、僕を見る。
その短時間の変化に僕が驚いている間に、更に顔を怒りに変えていく女性は……震えながら口を開いた。
「お前……環さんから離れろっ!! 環さんを怪我させといて、触れるなっ」
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