腐朽不屈御前・終 【帰路】
女の霊……腐朽不屈御前が姿を消しても、なんとなく自分の近くにいるというのがわかったので、僕は特に焦ることもなく【名付け】が終わったことにただ
それと同時に、怒りや緊張で誤魔化した恐怖が今更遅れてくる感覚に震えつつ、環ちゃんの元へと向かう。
「環、ちゃん……終わったよ」
そう声をかける僕の目に入ったのは、猫の姿ではあるが……別に体に問題があるようには見えない環ちゃんの姿だった。
『え? ああ、そっか……良かったよ』
だが……僕の声に返事する様子は、どこか心ここに
「その……どう?」
猫の姿は、毛も邪魔して見た目ではわからないことが多い。
返事の様子から、何かあるのだろうと思って訊いてみる。
『ん、大きな問題はないよ。全部、取り敢えずはなんとかなる範囲だ』
すると、平然とした態度で問題ないという答えが返ってきた。
呪いを受けた直後の、カタコトな喋り方もいつも通りに戻っている。
何かあると思ったのは、僕の勘違いだったんだろうか?
あまりに変わりなさそうな様子に僕が首を捻ると、環ちゃんが『ただ……』と言葉を続けた。
『流石に、傷付いた体を補う為の力の供給が追いつかない。しばらく左側––––特に左腕は使えないだろう。あと、呪いによって一部に腐蝕が生じたんだろうね。私の能力の内、半分程度が使えなくなった』
問題ないと言った声と変わらない声で言われたことに、僕は理解が追いつかない。
耳を疑うと同時に、固まる。
「そん、な……。っ、そうだ……ねぇ、腐朽不屈御前。君の呪いでしょう? 解けないの?」
我に返った僕は、手の震えを必死に抑えながら近くにいるであろう腐朽不屈御前に問いかけた。
すると、僕の斜め後ろ……ギリギリ視界に入るくらいのところに、T湖の霊––––腐朽不屈御前が現れて首を横に振って答える。
『さっキから試しテルけド、無理なノ……よくワカらなイけど、そのヒとの中デ私のノろいガ別のモノと混ざっテて––––私に、解呪の権利がナくなッてるの』
「そん、な……」
さっきまでよりも少し流暢になった話し方で、彼女は僕の希望を消し去る。
目を見開いて
まるで想定の範囲内だと言うようなその仕草に、僕は目の前が一瞬真っ暗になるような気分になる。
僕のせいで、環ちゃんは力が……使えなくなった?
最悪だ。
何やってんだよ。
口に手を当てて、自分への嫌悪感から込み上げる吐き気に耐える。
そんな僕の目を見て、環ちゃんは静かに告げた。
『自分のせいだ、とか思ったらダメだよ』
僕がずっと考えていたことを、環ちゃんは鋭い声で否定する。
『新しく入った優秀な人材を育てるのは、先輩の義務であり権利だ。私は君に将来性を感じて無茶振りをした。その結果が今なんだから、君が責任を感じる必要性は微塵もない。最初から最後まで、全て私一人の責任なの』
そう言った環ちゃんは最後に、少し柔らかい声で『わかったね?』と僕に訊いた。
今僕がなにを言っても、環ちゃんはその全てを否定するように感じられる。
それほど、環ちゃんの声には強固な意志が
僕は……ただ、頷くしかない。
だが、同時に決意していた。
過去は取り返せない。
時間は戻らない。
ならば、僕が環ちゃんに出来る償いは––––。
環ちゃんの期待通り……いや、それ以上の力を持った獄卒になることだ。
自分本位かもしれない。
それでも––––––––。
『支部に戻ろうか』
「……うん」
新たな決意を胸に、ゆっくりと立ち上がる猫姿の環ちゃんに頷きを返して……僕はT湖の湖畔を後にした。
◇
盾が胸に決意を宿らせるのと時を同じくして、T湖の湖畔を一望できる高地に二つの黒い影が差す。
「あれは……ほう?」
「【禁足地】から無事に出たのか……興味深い」
興味深そうに笑うその影の目には、T湖を後にする盾の背中が鮮明に映っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます