T湖 【命名】

 凍った空気の中、僕は霊を指差して続ける。


「というか、恨んでる対象がいるならさっさとそいつらのとこに行って、呪い殺してこいよっ。こんなところで一人寂しく関係ない人を殺し続けてんじゃねぇ!! 

 こちとら憧れの霊になった瞬間、どうやって自分を過労死させたクソ上司と会社を呪い殺すかどうかばっか考えたけど時間なくて出来てねぇんだよっ。

 その点どうだ、お前は別に時間ねぇ訳じゃねぇんだから出来んじゃねぇかっ。

 ウジウジして関係ねぇ奴を呪ってんじゃねぇよ、このかまってちゃんがっ!!」


『君、そんなこと考えてたのか……?』


 なんか仁平さんが引いてる気がするけど、知るか。


 僕は今ね、すごく怒ってるんだよ。

 環ちゃんを傷つける原因を作った自分にも、守れなかった自分にも、そもそも彼女を傷付けた霊にも。

 すっっっっっっっっっっっっっごく怒ってるのっ。


 似てると思ってたけど前言撤回。

 僕と彼女は、違う存在だ。

 少し生い立ちが似てるだけの、考え方が全く違う他人。


 だけど……。


「あ? 綺麗事? その通りだよコンチクショウ、でもなぁ……相棒の女の子の前で格好つけようと思って悪いかっ。加害者への一番の復讐は、被害者の手でむごたらしい死をプレゼントすることに決まってんだろ!?

 女性を食い物にするとか万死に値するっ。なんなら俺が女装してソイツらの枕元に立って、クソ上司が良く言ってた罵詈雑言ばりぞうごんを耳元でささやいてやろうかっ」


 彼女を殺した奴らの所業が胸糞むなくそ悪いのは、純然たる事実だ。

 彼女が望むなら……そして地獄の規則に問題なさそうなら、復讐の手伝いくらいはしよう。


『ヒぇッ……』


 霊がなんか後ずさった気がするけど、気にせずズイズイと距離を詰めながら話す。


「いいかっ、怒ってるならその対象を見失うな。無関係な奴に被害を出さないように全力でソイツらにだけ社会的な死を贈り、その後に『もう殺して下さい』と言うように苦しめる……そして最後に、『やっぱり死にたくないっ』と言わせて殺すんだ。

 ああ……こうやって話してると、夜な夜な心霊スポットを見ながら上司の殺害計画を練っていた時を思い出すよ」


 最後の方はそんなことを考える気力もなくて、ただ心霊スポットを眺めるだけだったけど……懐かしいなぁ……。


 と話すと、何故か霊が土下座して許しを乞うて来た。


 え、なんで?

 別に僕、危害を加える気は無いんだけど……。

 なんなら、復讐を手伝う気でいるんだけど……。


『ユ、ゆるしテ……コワすギるッ……』


『君は地獄に珍しいくらいにいい奴だと思っていたんだが……地獄で働く職員らしいところも、ちゃんとあるんだな……』


 震える霊を見て不思議そうにする僕に、いつの間にかペンダントに戻っていた仁平さんもちょっと失礼なことを言ってくる。


 ……というか、なに急に熱く語ってんのさっ。


「……まぁ、僕はそんな感じで思ってるからさ。君が正しい相手に正しく復讐して、その後償う手伝いくらいはするよ。……君が僕のことを嫌いじゃなくて、手を取っても良いと思ってくれるならだけどね」


 土下座を見て多少冷めた頭で冷静になって考え始めたら、急に色々と話したことが一気に恥ずかしくなって……僕はそう話を締めくくって、霊の返事を待った。


『ワたシヲおそウやつは、イないカ……?』


 ……え、もう雇用条件の話?


 モジモジと手を組み替えながら、雇用条件らしきことを訊いてくるのっぺらぼうの女の霊が案外乗り気そうなことを確認して、少し驚いた僕も真面目に話す。


「心配なら、仁平さんみたいに僕が呼んだ時以外はペンダントの中に引きこもってたら良いよ。仁平さんが心配なら、別の依代を用意してもらっても良いし」


 なんとなく良い位置に来た女の霊の頭を撫でながら、僕はそう言った。

 うん、それでいいでしょ。


『俺は、女性を無理矢理手籠てごめにするほど下劣な男ではないぞっ!!』


 と言う仁平さんが良い人だと、僕は短い付き合いでも信じられるけど……襲われたことのある女性だったらそうもいかないだろうしね。


 あと不安なのは僕だろうけど……。


「僕のことは残念ながら、環ちゃんの相棒として相応しくない行いはしないと誓うという言葉を信じてもらうしかないよ」


 残念ながら、僕は仁平さんのように彼女と依代を離すことで解決するとかいうことは出来ないから……それに関しては、信じてもらうしかないのだ。


『ソれにカンしてハ、イイ。……ふく、シュうハ』


「ちゃんと出来るように全力を尽くそう。プラン提案もする……やられっぱなしは、嫌だろう? 報いは正しく行われなければね」


 復讐の話に食い気味に返すと、彼女は頷いた。

 どうやら、納得してもらえたらしい。


『コレかラ、よろしク』


 そう言って、土下座の時にとった正座の姿勢のまま……彼女は僕に頭を下げた。


「わかった。こちらこそ、よろしくね」


 彼女を見てそう返した僕だが、とても緊張していた。

 だって……環ちゃんは。


『その時が来たら、頭に浮かぶはずだ』


 と言うばかりで……【名付け】の言葉を教えてくれなかったのだ。


 絶対そんな漫画のようなことは起きない。

 どうするんだよ……。

 と思いながら……僕は右手でペンダントを握り、彼女の頭に左手を置いた。


 すると、本当に頭の中に言葉が浮かんできた。

 マジか……怖……。

 そう思いながらも、僕は口に出して言葉を紡いだ。


「––––––––死者の護りをつかさどる者、じゅんの名の下に。

 理不尽に屈しなかった強い女性へ––––【腐朽不屈御前ふきゅうふくつのごぜん】の名を贈ろう」


 これから先、君が幸せに生まれ変われる日まで……共に。


 環ちゃんの【名付け】のような祈りではない。

 それでも……僕は、宣言するようにして彼女に告げる。


 それを受けて、彼女はどこか嬉しそうに笑って……僕の前から、姿を消した。


「初【名付け】……無事かんりょー」

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