T湖 【脳筋】

「何故……」


 と……環ちゃんがそう言ったことに少しイライラとしながらも、僕は環ちゃんと女の霊を真っ直ぐに見つめて立つ。


 足を震わせる恐怖は、一度無視だ。

 ただ目標の為に……その為に、一度逃げた霊の前に立った。

 身代わりはズボンのポケットに突っ込み、手には何もない。


 動きやすい状態で深呼吸をして、女の霊に向かって挑発するように笑って見せた。


「さぁ……来い」


 ◇


 最初、僕を狙った時。


『イラナイイラナイイラナイイラナイイラナイ。おトコハ、イらない』


 と言っていたことからも、女の霊は男を特に敵視しているだろうとは思っていた。


「当たり……みたいだね」


 僕が笑いかけた途端、女の霊は僕へと目線を向けて攻撃を仕掛けてきたから。

 逃げた時のように、糸がゆっくりと見えることはない。


 ……それでもっ。


「う、らぁっ……!!」


「それ、は……!?」


 環ちゃんの驚いたような声を聞きながら、僕はスーツの上に着用していた……仁平さんが譲ってくれた武具、籠手こてを使って糸を自分から逸らした。


 ジュッ。


 と音がして表面が溶けたが、僕の体に到達する前に侵食は止まってくれたようだ。


 だが、安堵する間もなく僕は女の霊に向かって走った。


 もっと早く、もっと速く、もっとはやく!!

 自分の足をかつてないほどに高速回転させて進む。


「ひ、仁平さんっ、確認、出来た!?」


 それと同時に、胸元で激しく揺れるペンダントに向かって確認した。

 青白く光るそこには、ペンダントを依代とした霊……仁平さんがいる。


『ああ!! 君の予想通りと見て間違いないぞ!! 確かに、当たったところからさびが出てくさっていった!!』


 刀が溶けたこと、そして怪談から僕が予想した女の霊の呪いは……腐蝕ふしょく

 合っていた。


 ならば……立てた作戦がそのまま使える。


 作戦とは言っても、難しくない。

 何故なら……女の霊の呪いは、環ちゃんの刀を溶かしたことからもわかる通り何であっても防げない。

 籠手が最後まで溶かされなかった理由は仁平さんの推測になるが、おそらく籠手が地獄の拷問道具から作った呪具で呪いへの耐性が強いかららしい。


『なんデぇ…………イラなイわァァァぁあッ』


 だが、それでも今みたいに糸––––腐蝕の呪いを数多く撃ち込まれたら、そう長くは保たない。

 おそらく、呪いに籠手が耐えられるのは多くて三回。


 だから、作戦は極めて単純。

 極めて単純にして脳筋な発想だ。


 僕には身代わりがある。

 仁平さんはペンダントに入っていれば、攻撃を受けることがない。


 身代わりがあれば、痛みも感じないのだ。


 ならば。


「仁平さん……いいよねっ!? この、まま、突っ込むよ!!」


『おうっ』


 僕の身代わりが尽きる前に……防御を捨て、全力疾走で距離を詰めればいいのだ。

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