T湖 【意志】

『いらナいノ、ヨゥ……』


「そんなことを私に言われても困るんだが……とりあえず離してみない? その後、ゆっくり話そうよ」


『イラナイ……いラないッテ、いってルデショうゥゥゥぅうッ』


「やっぱり、今のままじゃ話通じないか。……そろそろ、持って来ている身代わりが尽きるんだけどなぁ」


 放置されているのか、延々と続く湖畔こはんの茂みに身を隠しつつ僕は仁平さんと共に環ちゃんのいる場所に近づいた。


 環ちゃんが、女の霊と話しながら何やら黒いナニカを出している。

 その黒いものが何なのか……僕は遠目でもハッキリとわかった。

 だが、同時にそれは信じられなくて……。


「ぁ、れは……Sトンネルの霊の髪……?」


 ……なんで、環ちゃんがあの霊の能力を?


 そんな風に思わず声に出てしまった僕に、後ろからひょこっと顔を出した仁平さんが目を輝かせて説明してくれる。


『あれが、噂に聞く環様の使か!! 霊に【名付け】してその霊の能力を使用する……噂では聞いていたが、実際に見れるとは。……なんとすごい』


 あれ、すごいのか。


 助けようとした決意が無駄になるかとも思ったが、よく見ると……どうやら、環ちゃんが女の霊の背後から髪を近づけ、それを女の霊の糸が溶かす。

 ……というのを繰り返しているらしい。


 いわゆるこう着状態な訳だ。


 つまり……僕と仁平さんが立てた計画も無駄じゃない。


「じゃあ、作戦通りに」


『了解だ。……幸運を祈る』


 現状を確認した僕たちは、アイコンタクトを取ってから動き出した。


 ◇


 やっばいなぁ……身代わり尽きたら、さすがにキツいし。

 けど、はあまり使いたくないんだよな……。


「どうすっかな」


 私––––環は、つい最近【贄首魁】と名付けた霊の力を借りながら呟いた。

 女の霊とはいえ、諸事情から腕力があまりない私では拘束を振りほどけないのだ。

 だから、物理以外の力で対抗しようと思ったのだが……失敗だったかもしれない。


 失敗といえばで、来る途中での会話を思い出して……少し自嘲じちょうする。


『前回のSトンネルのいわくに『近くを歩いた人が、無意識にそのトンネルを通るようになった』というやつがあったでしょう? こういうという力を使う霊って、つまりんだよ。

 ……そして、今回のT湖の霊はそれより力が強いはずなのにソレをしていない。

 そのことから考えられるに、ここの霊は……あぁ、いや。実際に見た方がいいか』


 盾くんに説明しなかったことを、ほんの少しだが後悔していたのだ。

 急襲される可能性を全く考えていなかった訳ではないが、可能性はとても低いと思っていた。


 他人を操るという事をするのに十分な力を持ちながら、それを使わない。

 それは……力を他者から補給する必要がないほど力が強く、更にもしかしたら自身に救いをもたらす可能性のあるモノの来訪すら拒むということ。


 もちろん、例外もあるが……その傾向は基本的に、霊の凶暴性が高いことを表す。


 わかっていたのだけどな……。

 長いこと一人で活動して来た私は、自分の判断ミスによって誰かの命を危険に晒すということへの実感が薄かったらしい。


「もう身代わりも一体……せめて盾くんだけでも逃げられたらいいんだけど」


 突破口を見つける為に、少し無理をしてでも抜け出すか……と思い始めた時。

 突如とつじょ女の霊が動きを止めて視線を外した。


 どういう事かと視線を追うと……。


「何故……」


 そこには、逃げたはずの盾くんが堂々と立っていた。

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