T湖 【怪談】

『T湖のは基本的に女性、老婆、そして動物の霊が現れるというものだけ。動物や老人の霊が目撃されるのは心霊スポットでなくても珍しくないし、それに関しては全く問題ないんだ。ただ……この場所は、一つだけ特筆されるべき怪談がある』


 その話の入り方だけで、僕は既にワクワクとしていた。

 環ちゃん、何気に怪談が上手なんだよなぁ……ワクワク!!


『のっぺらぼうの女の話だ』


 ……ウッヒョ〜!!

 もしかしなくてもネットで割と有名なやつだ〜!!

 僕も知ってるやつだ〜!!


「目も鼻も口もぐずぐずの腐乱ふらん死体となってしまった女性が、のっぺらぼうの霊として現れて家に帰る為の車を待っている……という話だよね? 別に危険そうには聞こえないけど?」


 表面上は平静に……見えてるかはわからないけど一応取りつくろって、ネットで昔読んだ話と共に意見を言わせてもらう。


 家に帰ろうと頑張るのの何が悪いんだ〜!!

 社畜時代は僕だって、家に帰る為にそれはもう運慶快慶うんけいかいけい金剛力士こんごうりきし像のような形相で必死で仕事を終わらせてたぞ〜?


 そう若干エキサイトしながら訊くと、環ちゃんは多分苦虫をつぶしたような表情をして答えてくれた。

 表情に関しては、環ちゃん猫姿だから知らないけど。


『現世のネットではそんな風に語られているけど……地獄に保管されている記録を見ると、もう少し凶悪なんだよねぇ。というか、少し豆知識として聞いておいて欲しいんだけど……』


 凶悪ぅ……??

 と首を捻る僕に、環ちゃんは豆知識だと前置きしてから……本当におっっそろしいことを告げた。


『前回のSトンネルのいわくに『近くを歩いた人が、無意識にそのトンネルを通るようになった』というやつがあったでしょう? こういうという力を使う霊って、つまりんだよ。

 ……そして、今回のT湖の霊はそれより力が強いはずなのにソレをしていない。

 そのことから考えられるに、ここの霊は……あぁ、いや。実際に見た方がいいか』


 ほら、怖くない!?

 前半の知識も怖いけど……なにより明言を避けているのが一番怖いよね!!

 絶対やばいやつじゃん!?


 というか……。


「なんでT湖の霊の方が強いってわかるのさ?」


 そこに気づかれるか……!?


 という感じの驚いた顔をしてるように、僕の主観では見えるけど……僕、一応結構賢いからね!?


『……ここが湖だからだよ。トンネルはトンネルで霊が強力になりやすいけど、水は特別。水は古来より、神事にも頻繁に使われてきた。それほどけがれをはらう媒介になるものでもあるし、穢れを溜め込むものでもあるということから……水が流れる川は霊の恨みを水と共に流して浄化することもあるし、逆に水を溜め込むダムや湖は霊の恨みが溜め込まれて凶悪化しやすいんだ。

 ……日本で橋が古来より【あの世とこの世を繋ぐモノ】だと信じられてきたのは、そういう力がある川をまたいでいるからとも言われている』


 僕が釈然としないとねて……思っているうちに、環ちゃんが役立つ知識を伝授してくれた。


 なるほど……。

 川は多分安全、ダムと湖は危険……ということか。

 あれだな。

 カワウソは危険じゃないけど、カモノハシは毒を持ってて危険みたいな感じだな。

 例えが本当に合ってるかは知らないけど。


 ふぅむ……。


「まぁ、今回はなんか危ないってことね!!」


『……まぁ、そういう認識でいいですよ。詳しくは前兆を見ながら説明するので』


 若干呆れられたような気がしなくもなくもないけど、それに関しては明言を避けている環ちゃんが悪いと思うなぁ〜?


 などと、僕は声には出さないけど心の中で少し思ったりもした。


 ◇


『よぉし、仕事現場に着いたよ』


「……うん」


 歩きで地獄支部から大体三十分。

 事前情報通りの時間でT湖に着いた僕は、内心少し傷ついていた。


 暗くて人通りが少ないとはいえ、全く人がいないわけではない。

 その全員が僕を避けないので、仕方なく僕が頑張って避けていると環ちゃんから衝撃のことを告げられたからだ。


『盾くんは霊なんだから、そのまま進んだら普通に突き抜けられるよ。というか……獄卒になった今なら、実体化したいと願えばすぐに人に見えるし触れられる体になるんだからそうすれば?』


 と。

 ……僕、そんなこと教えてもらってなかった。

 べ、べべべべ別に、今まで霊とか人外としか接してこなかったから……別に自分が霊ってことが前提条件すぎて忘れてたとか……そんな事では断じてないけれども!?


 ……まぁ、そんなこんなでちょっとしたダメージを心に負っているのだ。


 それと同時に、この苛立ちは心霊スポットで解消してやんよ……!! とやる気に満ち溢れていたりもする。


 ふんっ!! とガッツポーズはしないものの、少し胸を張って僕が湖の手前にある『立ち入り禁止』の看板の前に立っていると……猫から日本刀を持った少女の姿に戻った環ちゃんが、綺麗な人形の紙をまた手渡してきた。


「これ、盾くんの分の身代わりね」


 と、そう言って。


 僕はその時、ふと頭に以前話していた環ちゃんの言葉を思い出した。

『私は……観測係と同じような仕事をしている生者––––はらい屋の一族の生まれだ。

 そこでずっと、自身の身に霊を宿らせる術……いわゆる霊媒れいばいと言うやつだね。それ以外をまともに使えない落第者として育てられた』

 その言葉に、何か少し違和感を感じたけど……その正体が何なのかうまく掴めず、とりあえず黙って頷いてもらっておいた。


 人型の紙を握りしめる僕の横で、環ちゃんは日本刀も準備し終わったみたいだ。


「いつも通り平然と……いや、新たな仲間と飄々と。現世うつしよ常世とこよ狭間はざまで、理不尽を切々せつせつめながら––––忌々いまいましき呪いの観測を、始めようか」


 僕と目を合わせながらそう呟いた環ちゃんに、僕は頷いて……。


「さぁ、二度目の観測スタートだ!!」


 と、二人同時に『立ち入り禁止』の札を超えた。

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