T湖 【七特獄】

 僕が謎にへこんでいると、環ちゃんがふと話し出した。

 次の心霊スポット……T湖に着くまではさっきのSトンネルまでの移動時間と同じように、僕のお勉強の時間だ。


『奈良県と京都府というのは、いわゆる【古都こと】と呼ばれている場所で…… 古くからの積み重ねで霊的な力が溜まりやすい場所が多い。それに何より、多くの神のおひざ元でもある島根の出雲も近いから力が得やすく、霊が強力化しやすいから––––強力な心霊スポットが東京よりも多いんだ』


 という環ちゃんの言葉に、僕はふぅむと相槌あいづちを打った。

 出雲は八百万やおよろずの神々が集まる場所で、京都と奈良は昔首都を置かれて多くの事件があった場所だ。

 言われてみれば、納得はいく。


 まぁ……僕が訊きたいのは圧倒的にその部分ではなかったけどさ。


「……」


『……』


 気まずい……大変気まずい。


 沈黙が、まだまだ明ける気配のない夜のとばりの中を支配する。

 何から訊いて良いのかわからない僕と、これ以上何から話せば良いのかわからない環ちゃんで……お互いに相手の出方を伺っているのだ。


 はいそこ〜!!

「何だそれは……早く訊けよ。黙ってるとは信じられないくらいに不毛ふもうな時間だな」とか言って鼻で笑わない!!


 環ちゃんが言うには、現在地からT湖まで歩きで約三十分くらいあるんだから……少しくらいゆっくりしてても良いんだよ!!


 それに……。

【しちとくごく】なるものがどうとか、席がどうとか……。

 理解出来ない事がありすぎるんだよ……。


 むしろ、歩きながらここまでの思考を出来ている事を褒めて欲しい。

 すごくない?

 十分すごくない?


 ……残念ながらそれを褒めてくれるような人も霊もいないらしいので、諦めて一つずつ訊いていく。


「……特級獄卒ってさ、七人しかいないの?」


『うん。そもそも今って、地獄には日本の人口より少し少ないくらいの獄卒がいるんだけど……その中に現在七人しかいない事から、特級獄卒は【七特獄しちとくごく】と呼ばれるんだ』


 日本の人口って……約一億二千三百七十九万人だっけ?

 それの中七人ってマジかよ……もはやキモいレベルで強っ!!


「第何席……とかいう話も、その【七特獄】に関係するやつだったりする?」


 あまりの強さにもはや恐る恐るという態度で訊けば、環ちゃんは簡単に頷いた。


 ……一瞬ビビったけど、猫の姿だとどれだけ強いと知ってもなんか和むな。

 今度抱っこさせてもらえるか訊いてみよ。

 モフりたい。


『そうだね。特級獄卒には第壱席だいいっせきを一番上にした序列があって、私は七人中上から四番目の第肆席だいよんせき……上三人はあまり自由に動けないから、私が重要な古都を守護する役割を任されてるの』


 自由に動けないとか、上三人誰なんだよ。

 というか……。


「環ちゃん以上に強いってさ、もうその人達だけでやれば良くない? 今その人達がやってる事を、環ちゃんとかがやれば良いじゃん。そしたら危なさも減るでしょ?」


 強い人が危険な事をやって、そうじゃない人を守る方が絶対良いでしょ? という僕の疑問に、環ちゃんは首を横に振った……何でだよ!!


第弍席だいにせきは地獄の主神である有名な閻魔えんま大王で、第参席だいさんせきは閻魔大王の第一補佐官で補佐部の部長、そして地獄の人事をほとんど一人で取り仕切っている仕事の鬼、神羅さんだからね……あれはあの人達にしか出来ないし、どう考えても無理だよ』


 ……お嬢さん。

 今、なんておっしゃいました?


 神羅さんが、何ですって……?


 ……あのリア充代表イケメン、出世もしてやがったのか!?

 何がボッチだ……クソ……。

 多分地獄で二番目くらいの地位じゃねぇかよ……クソボケが……。


 今度会ったら、ダル絡みしてやろう……。


「……ん? 閻魔様が第弐席? 第壱席の人は?」


 一人で勝手に凹む僕に首を傾げる環ちゃんは、僕がそう訊くと歩くスピードを更に落として僕に寄り添いつつ話した。


『あの人は閻魔庁から独立している観測係の創設者で、私の唯一の上司だけどさ……本気を出したら一瞬で現世を焦土しょうどにできるから、他の神々から現世への直接介入を禁止されてるんだよね』


 まぁた出たよ、環ちゃんのさらっとすごい事言う悪い癖。

 現世を一瞬で焦土にですって?


 ははははは〜。

 流石に冗談きついって〜。

 そんなことある訳……え? あるの?


「もうその人だけで良いじゃねぇかよ……禁止せずに活かす方法を探れよ……」


 僕がもう疲れた……というような心情で呟くと、環ちゃんは少し黙ってから一つ僕に質問を投げかけた。


『盾くんはさ……例えば、象がありつぶさないように歩くことができると思う?』


 ……?


「無理じゃない?」


 首を傾げた僕に、環ちゃんはうなずく。


『盾くんが今言ったのは、つまりそういう事。

 あの人から見たら、人も悪霊も善霊ぜんれいも……皆等しく弱者なんだよ。

 あの人は、それでも蟻を踏み潰したくないんだ。蟻の生き様に心を寄せて、いつくしむ人なんだよ。そういう優しい人なんだ。そんな人に、蟻を傷つけさせたくない……というのが、あの人の事を知る者達の総意だ』


 ふぅん……なんか優しくて良い人っぽい事は、十分伝わったよ。

 後は知らん!!

 人の噂って、割と脚色されたりするから……自分で会ってから判断しよう。


 一通り説明を聞いて、僕がある程度納得した事がわかったのか……環ちゃんはいつものスピードに戻って僕を少し急かしながら話を変える。


『さて……じゃあそろそろ、T湖について説明しようか』


 という環ちゃんの言葉に目を光らせて、


「おお!! やった!! 早速聞かせてっ!!」


 などという声を思わず上げた僕を、心なしか僕を揶揄からかうような口調で。


『まずはからかな?』


 と尻尾を振りながら話す環ちゃんに、僕は高速で相槌を打つのだった。

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