第二章

《壱》 T湖

T湖 【地獄道】

 さて……これからは環ちゃんの隣を歩くと、僕はたった今決めた。

 そこまでは良いが……僕は、困った事にこれからどこに向かうのかわからない。


「……で、どこに行くの?」


 全然格好がつかないなぁと思いながらも、僕は環ちゃんにそう訊いた。


 プライドよりも実益の方が大事。

 これ、社畜時代に学んだことね。

 あとは、まぁ……家庭環境からそう学ばざるを得なかったし。


「あぁ、奈良だよ」


 ……What?

 平然と言われた、全く想像もしていなかった県名に……今まで一度も出てきたことのない、よく分からない外国人の人格が出てきてしまった……。


 なんですって?

 ならですって?


「……奈良?」


 首を傾げた僕に、環ちゃんも首を傾げて答える。


「そう、奈良」


 何がおかしいのかというようにおっしゃいますがねぇ……。

 ふぇ〜……一応言うと、ここは埼玉県ね。


「どうやって行くの?」


 今は、終電もとうの昔になくなっている時間だ。

 どうやって行くんだろう。


「地獄の道……地獄道じごくどうを使うんだよ、こうやってね。支部まで繋げ––––開門」


 そう言って、環ちゃんは首に下げていたあの瑠璃色の石がついたペンダントで……空中に綺麗な円を描いた。


「う、わぁ……」


 その円の内側の景色が、切り取られたかのように真っ黒く染まっていく光景に……僕は声を上げずにはいられなかった。


「よし、これで繋がった。はい、飛び込んで」


 見惚れてる僕は環ちゃんにそう声をかけられたけど……ちょっと不穏な黒さに感動しながらも躊躇ちゅうちょした。


だって、真っ黒なんだぜ?

仕組みもわからんし。


モダモダとしていると、ため息をついた環ちゃんに不意打ちで背中を押され……。


「えっ!? うわっ!! 落ちるぅぅぅぅぅうう!!」


「いや、別に落ちないし」


などという至極冷静な環ちゃんの指摘を背中に受けながら、僕は情けない声を上げて黒い穴の向こう側へと吸い込まれた。


 ◇


「うぐっ!!」


 後ろから押された事で、頭から地面に突っ込んだ僕の隣に環ちゃんはトンッと華麗に降り立った。

 ……え、ズルくない?


「よし、良い感じのところに繋がったね〜……それでは––––閉門」


 むぅ……ずっと良い所を持って行かれている気がする。

 にしてもだ。


「ここどこなの?」


 目の前には、巨大なタワーマンション。

 エントランスも広く、完全にお金持ち用の家だ。

 それなのに……今僕達が空中に開いた黒い穴から急に現れても、誰も目撃してないような。そんな人通りの少ない通りに面しているのは、どう考えてもおかしい。

 よく見たら、とても不自然なタワーマンションなのだ。


「地獄現世支部」


「……ん?」


 環ちゃん、サラッとすごい事を言わなかったか?


「獄卒って、現世に出張する必要がある事が多いんだよ。なので、色んな所にこういう支部を作ってるんだ」


 へぇ〜……すご。

 うん、適切な反応が思い浮かばねぇわ。


 でも。


「なんで、僕をここに連れて来たの?」


「なんでって……盾くん、死んだ時の服装のままじゃないか。獄卒になったんだし、せっかくだから、新しい服にするんだよ」


 え? 霊って着替えられるの?

 何それ想像と違う。


「それに、私は普段自由に動ける特級獄卒の中で一番位が上という理由で京都とか奈良周辺にいる事が多くて、この支部に色々と仕事道具を置いちゃってるから取りに来ないとね」


 ……環ちゃん、特級獄卒なの!?

 しかも、自由に動ける一番上!?


 色々と驚きの事実を重ねられすぎて、マンションの前で唖然としている僕に……環ちゃんは更に口を開いた。


「あとは……明日の夜、次は奈良にある心霊スポットに行くから。盾くんにその準備をしてもらう為かな?」


 その言葉に、思考停止状態になった脳が再び動き出した。

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