Sトンネル 【元凶】

「環ちゃん……大丈夫なの……?」


 女の霊が切られたと同時に、トンネルの電気が元に戻る。

 明るくなったトンネルで、腰が抜けた僕が立ち上がるのを無言で手伝う環ちゃんに声をかけた。


 よく考えると、結局何もされなかった僕とは違って……環ちゃんは、霊に呑まれているんだ。

 霊についてまだよく分かってはいないが、それでも何か良くないことが起こっていないかを尋ねてみる。


「まぁ……これくらいなら慣れてるしね。私が戻るだけなら別に、いつでも出来たんだ。呑まれた先で、少し探し物をしてたから遅くなっただけだし」


 ……神羅さんもだけどさぁ? さらっと『悪霊に呑まれるのは慣れてる』だの『いつでも戻れた』だの爆弾発言するのやめてくれるかな!? 

 何、獄卒はそれが通常なの!?


 ……というか。


「戻れたならすぐに戻ってよ!!」


 環ちゃんがすぐに戻ってくれたら、僕はこんな怖い思いをしないで済んだのに!!


「盾くん、少し痛い目に遭わないと霊の危険性を理解しなそうだったからね。

 そもそもさぁ……わかってる? 

 心霊スポットって、つまり人が死んだ場所なんだよ。いたむ気持ちもなしに乗り込んでさわいだら、悪霊じゃなくてもおそいたくなるのが当たり前だからね?」


 僕の抗議こうぎに環ちゃんが半眼で返した内容は……確かに納得できるもので。

 僕は黙るしかなかった。


 僕など、神羅さんが勝手に部屋にいただけで呪ってやろうかと思ったのだ。

 そりゃ……騒がれたら気分を悪くするに決まっている。


 立ち上がったものの、疲労で立っているのが精一杯な僕を放って……環ちゃんは、来た時には持っていなかった新しい人型の紙を手に女の霊に近付いて行く。


「危なくないの?」


 先ほど、急にその生首が襲いかかってきた事を思い出した僕が上げた声を無視して、環ちゃんは女の生首のすぐ目の前で……まるで女の霊と目線を合わせるかのようにしゃがんだ。


「……貴方の記憶を見たよ」


 村を守る為に来たはずの武将が、敵の前で逃げたんだね。

 貴方は––––––––は、その男によって……逃げた軍へ見せしめにする為に、首を斬られて殺されたのか。


 環ちゃんと一緒に女から吐き出されていた男の霊を指しながら、女の霊に語りかけるようにされた環ちゃんのその言葉に……僕は首をひねった。


「環ちゃん、貴方達ってどういう事?」


 どう見ても、女は一人だ。


「……最初から、説明しようか。今回の呪いが––––この霊が生まれた全ての原因は、一番最初に襲ってきたこの男の霊だよ」


 そう前置きして、女の霊の前から男の霊の前に移動した環ちゃんは……男の霊の頭をぐりぐりと踏む。


 いや……怒ってるのは伝わるがな。ただでさえ薄い髪が更に減りそうなその踏み方は……男が、ちょっと可哀想かもしれん。


 そんな僕の考えなど知らない環ちゃんは、更に強く男の頭を踏みながら……あまり集中出来ていない僕に向かって、解説し始めた。


「この男は、強くて残酷な事で有名な……ある時代の武将の一人だった。平和な領を治めていたある日……男は、更なる土地と戦いを欲して隣の領地へと攻め込んだ。

 そして……敵前逃亡する、敵将の背中を見つけた。それでも土地は手に入るが……戦いを求めていた男は、それでは満足しなかった」


 そこで言葉を切った環ちゃんは、緊張で喉を鳴らした僕の目を真っすぐに見ながら……あまりにも残酷な話を始めた。


「敵将をおびき寄せる為に……たったそれだけの為に、村に残されていた女子供の首を片っ端から斬っていったんだ。

『大将の首を差し出せば、助けてやる』……そう言いながらね」


「そん、な……」


 それを聞いて、僕は思い出していた。

 女は、自身の事を【にえ】と言って……代わりを求めていた。

 僕を殺そうとしていた時の最後には、『大将』とも叫んでいたのだ。


「その女の人の霊は、個人の霊じゃない。この男に殺された女性、子供……たくさんの人の霊が集まって、大将の首を探しているんだ。自分達が、死の苦しみから逃れる為にね」


 武将とか……もう何百年も前の話だろう?

 それでも、忘れられないのか。

 それでも、逃れられていないのか。


 そう考えると……男の髪の毛に同情する気は無くなっていた。

 むしろ、環ちゃんもっとやれ〜!! と応援したい気分だ。

 もちろん空気を読んで黙ってはいるが。


「まぁ……虐殺した分の代償に、殺した相手から随分苦しめられたみたいだけどねぇ? たったこれだけの苦しみで、つぐなったと思うなよ」


 死後も、我が身可愛かわいさから生者を襲い続けた裁きを受けろ。


 環ちゃんは男の霊にそう言うと、懐から瑠璃るり色のペンダントを取り出して暴れる男の前にかざし……何かを呟き出した。


かえたまへ、戻り給へ––––すべてを呪い、総てをゆるし、異土ことどを渡す」


『いヤ、ダァッ!! イヤダイヤダイヤダ……ぁ』


 全てが唱え終えられた時……ペンダントに金で刻まれた紋様が光り、段々と薄くなり半透明になっていく男からあふれる水色の粒子を含んで––––男が、消えた。


 ああ……これが、存在がなくなるという事なのか。

 これが……霊を祓うという事なのか。


 一人の存在がこの世から完全に消えた証にしては……あまりに美しいその光景に、僕は唖然あぜんとするしかない。


 子鹿のように震える足で、頼りなく立ちながら静かにその光景を眺める僕は……少し悩んだようにしてから女の霊に近づいた環ちゃんをぼうっと眺め続けた。


「生者に手を出した事は、赦されないことだけど……狂った男の犠牲にされた貴方達には、同情の余地がある。私と一緒に来て、償う気はある?」


『ァ……イたイ、カら……にゲラれル?』


「協力してくれるなら、善処しよう」


『ジャあ……』


「わかった。––––––––死者の還りをつかさどる者、たまきの名の下に。死の恐怖と戦い続けた勇敢ゆうかんな友へ––––【贄首魁にえのしゅかい】の名を贈ろう」


 どうか……償い終わった先で、安らかな眠りがありますよう。


 先ほど、男に唱えたものとはまた別の……まるで祈りのような環ちゃんの言葉と共に、女はまるで救われた少女のようにほんの少し微笑んで––––それから、跡形もなく消えた。


 疲労で回らない頭で、その光景を見守り続けた僕に……今の今まで霊がいたとは思えないほど通常通りに戻ったトンネルの真ん中で、環ちゃんは声をかけた。


「終わったから、帰ろう」


 と……たったそれだけの、短くも僕を安心させる言葉を。

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