Sトンネル 【呪い】

 環ちゃんが、悪霊に呑まれた。

 僕を、かばって。


「ぇ……あ……なん、で」


 いや、違う。

 原因は、わかってる。


 環ちゃんは、近づいたら危険だって何回も言ってたのに。

 僕が聞かなかったから……そう、僕が……僕の、せいだ。


『カワ……り。ニエヲ……わタシ……カわレ』


 腰が抜けて動けない僕をあざ笑うように、黒い髪がゆっくりと近づいて来る。


“さっきの話からもわかるだろうけど、霊の呪いは霊にも効く。つまり盾くん……君も悪霊の攻撃を受ければ、二度目の死を迎える可能性があるんだ”


 環ちゃんの言葉が指していた現実が、目の前に迫る。

 僕も、霊に呑まれて……死ぬのか?


「ぁ、いや……だ」


 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ!!


 やっと、好きな事が出来るようになったんだ。

 こんなところで、たった数時間しかゴミのような人生から解放されずに二度目の死を迎えるなんて…………絶対に御免ごめんだ!!


 そう思っても、現実は無情で。

 女の髪の毛が僕の首に向かって伸びて……咄嗟とっさに庇った左手に触れたところで––––急に消えた。


「……ぇ?」


 その代わり、環ちゃんから絶対に手放すなと言われて握っていたいた紙が……ガタガタと激しく振動する。

 見ると、人型のその紙の左手の部分が綺麗きれいに切断されて無くなっていた。


「そう、そうだ……!! 身代わりって、環ちゃんが……」


 手に持った紙に一縷いちるの希望を見出すも、すぐにある事に気付いてしまう。

 切り落とされたという事はつまり……二度目は、ないということではないか?

 今左手首に攻撃されたら、左手首の部分の身代わりはない……僕に、攻撃が通ってしまうのではないか?


 呑み込むだけではなく切る事も出来る髪から、腰の抜けた状態では逃げる事もできない。

 怒ったようにまた髪を伸ばしてくる女に、僕はあきらめかける。


 だが……女は、先ほどまでとは違う動かし方で髪を僕に伸ばした。

 呑むのでもなく、切るのでもなく。

 僕を取り巻くようにして、何重にも髪を重ねていく。


 何を、している?

 助かった?


『クび……かワ、リ……タイしょウゥゥゥウ!?!?』


 ガタガタガタガタ!!


 女の声と、首の部分が細くなっていく人形で気づく。


 違う!!

 諦めたわけじゃない!!


 首をめて……ねじり取ろうとしてるんだ。


「ぃや……いやだっ!!」


 死にたく、ない。

 だって僕は、心霊スポットを巡って、それで、それで……願いを、叶えるんだ。


 僕の心はきっと恐怖で限界状態で……。

 その恐怖から逃げる為、まるで走馬灯のように……心霊スポットに辿り着く前に環ちゃんの話を聞いた時の事を––––目標を決めた時の事を思い出していた。


 ◇


『多分神羅さんはあまり説明してないだろうし、獄卒についても詳しく説明するね』


 公園から猫の姿で歩き出してすぐ、環ちゃんはそう言って話し出した。


『獄卒というのは、地獄で働く職員で……イメージとしては、公務員というのが一番近いと思う。更に、ここからは少しイメージしづらいかもしれないんだけど……獄卒には上から特級、上級、中級、下級というのがあってね、等級が上であればあるほど特典がある』


「特典?」


 僕が聞き返すと、ほんの少し振り返ってまた話し始める。


『そう。君がさっき神羅さんから貰っていたものは、物乞いの乞いに石と書いて乞石こいしというもので……そこに霊のエネルギーが基準以上に貯まると、等級が上がるんだ。そもそも獄卒には、盾くんや私みたいにスカウトされた霊と、神羅さんみたいな鬼として生まれた人がなれるんだけど……大抵の人は特級を目指す。

 何故なら––––––––特級になれば、何か一つなんでも願いを叶えて貰えるから』


「なんでも?」


 ぴたりと足を止めてしまった僕に不思議そうにしながらも、環ちゃんは自然に返事をした。


『そう。時間を巻き戻すとか、別の世界に転生させるとか、死んだ肉体で生き返らせるとか、そういうのは無理だけど……それ以外だったら、大抵は何でもありだよ。

 ただ、特級になるのはすごく難しいからね。そう簡単にはなれないからこそ、特典が豪華ごうかなんだ』


「例えば……何も奪われない幸せな家庭に生まれ変わって、友達と心霊スポット巡りが出来るような人生を送りたい––––なんて願いも、聞いてもらえる?」


 そう呟いた僕に、環ちゃんは猫の姿でもわかるくらいに驚いて……それから、嫌そうにして口を開いた。


『それ位なら聞いてもらえるとは思うけど……霊なんてモノに、そんな夢を見ない方がいいと思うよ? 特に、“観測係”というトップレベルに危険な仕事にこうとしてるならさ……その思考は、今すぐにでも捨てるべきだ』


 環ちゃんの言葉を聞いて……でも、僕は霊は素晴らしいものだと信じているから。


 だから、僕は決めた。

 絶対に特級になろう。

 そして……願いを叶えるんだ、と。


『まぁ、だからすぐに辞めるのをオススメするけど……一応、頼まれたからさ?』


 そう前置きして『まず、観測係についてだけど……』と語り始めた環ちゃんの声に、僕はまた耳を傾け始めた。


 ◇


 つかの間の逃避とうひも、終わる。

 目標すら叶えられずにこのまま死ぬなんて、絶対に嫌だ!!


「……そう、だ。呪い!! 僕も持ってるって、環ちゃんが……なぁ、出ろって。

 死んだら、持ってても意味ねぇだろ!? なぁ、出てよ……出てくれよ……こんなイカれた女に殺されるなんて、絶対に御免だ!!」


 当然、使い方のわからない呪いなど出ず、焦りに任せた発言が気に障ったのか……更に層が厚くなっていく髪の毛で、真っ黒に近づいていく視界の中で。


「死にたく、ない……」


 段々と女すらも見えなくなっていき、人形の首にさけけ目が入ってくる事に絶望し、水滴がほおつたって地面に落ちた……その時。


『ガァァァァぁぁあああア!!』


 女の霊の叫び声と共に、唐突に視界が晴れる。


 一瞬……何が起こったのかわからず呆然ぼうぜんとしていたものの、理解が追いつくと同時に歓喜かんきで体が震えた。

 女の霊が斬られた事、そして––––その斬撃ざんげきを誰が放ったのかを理解したからだ。


 カラカラにかわいて張り付き、空気を震わせるのど叱咤しったしてその少女の名を呼ぶ。


「環、ちゃん……!!」


 先ほどまで生首があった場所には……。


「だから私は何度も言ったんですよ……霊は危険だと、そして霊に期待するなと」


 ね? 盾さん。


 日本刀をさやに入れ直し、腰を抜かして座り込んでいる僕に向かって、悪霊に呑まれる前と微塵みじんも変わらない冷めた目で話しかける環ちゃんが……立っていた。

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