Sトンネル 【前兆】

「ごーごー幽霊、れっつごー幽霊!!」


 僕の明るい声が、チカチカと光る弱い電灯しかない暗いトンネルにひびく。

 ヤバ、これめっちゃ楽しい!!


「あの……盾くん?」


 僕が一個しかない懐中かいちゅう電灯を持っているけれど、環ちゃんは明かりを必要としないとかでとなりを歩いている。

 すっごく困惑こんわくしてるみたいだけど、盾お兄さんは歌うのに忙しいから知らない!!


「みんなでごーごー、心霊スポット〜!! 【れっつごーすと】なのだ〜!!」


 ワックワク!!

 早く幽霊出て来ないかなぁ〜?


「さっき私が言った事、覚えてる? それとも……三歩歩いたら忘れる鳥よりも、頭が悪いのかな?」


 環ちゃん、なんか毒舌ぅ〜……。


「もちろん覚えてるよ、環ちゃん。心霊スポット巡り五ヶ条ごかじょうだよね!!」


 一、霊を刺激しげきしてしまうから、さわがない。

 二、環ちゃんの判断を待たずに、勝手に動かない。

 三、環ちゃんからもらった人型ひとがたの紙を、絶対に手離さない。

 四、環ちゃんの邪魔をしない。

 五、怪異には絶対に近づかない。


 以上が、約束させられた五ヶ条!!

 大丈夫、覚えてるよ!!

 僕こう見えて、割と高学歴の出来る大人だから!!


「……わかっていてそれなら、めっちゃタチ悪いですね?」


 わぁ、環ちゃんホント失礼。

 これでも、怖がっているのを必死で隠している……訳じゃないけどさぁ!?


 ただ……なんか「いざという時に身代わりになってくれるから、絶対に手放しちゃダメ」と言って環ちゃんから渡された紙は、カタカタと振動しんどうしたりしてて怖い。


 いや……さっき死んでからまだ数時間だけしか経っていないのに、この短時間で僕は何回不思議道具さんにおどろかないといけないの?


 まぁ、面白いからいいけど。


「だってさぁ? 全然霊出てこないじゃん。なんか思ってたのと違う」


 トンネル入ったら、幽霊はすぐに出てくると思ってたのに……今、もうトンネルの半分くらいまで来てるよ?


「はぁ……そんな簡単に幽霊が見れたら世の心霊スポット好きは苦労しないだろうし、そもそもこの世は霊に人間がおそわれ尽くして終わるよ。

 ……それに、実はもうだいぶ霊は集まってきてるし」


 ため息を吐いて僕の言葉を否定する環ちゃんが、最後にボソッと重要な事を呟く。


「れいが……霊が、集まってるですと……?」


 なんでそんな大事なことを言ってくれないのさ!!

 感情のままにそう言って詰め寄ると、僕が近付いた分後ろに下がりながら環ちゃんが視線の先を––––つまり、僕の背後を指差して告げる。


「盾さんは元々霊感がゼロに近いから、霊になった今でも霊を見れるようになる調整に時間がかかってるけど……いると思って見れば、見えるはず」


 ほら。

 上質な“食料”に、ゾロゾロ集まって来たよ。


 そんな環ちゃんの言葉に目を輝かせて後ろを振り向けば、そこに在ったのは恐怖の光景……ではなく、憧れていた光景。


「すっごい……!!」


 電灯がチカッ、チカッと光ってから消え……赤い光に変わっていく。

 僕らが向かっていた先には––––ぽっかり開いた口のように暗闇が広がる出口に背を向けて、男が立っていた。


 彼は、誰がどう見ても生きていないとわかる姿をしていた。

 鎧は、血がこびり付きびて所々凹んでいる。首はあらぬ方向に曲がり、乱れた髪越しにはギラギラと光りながらもくらい印象を抱かせる瞳が覗く。

 そして、その手には赤い血がしたたる数々の……首。

 


『くぅび…………く、び……いらんがぁ?』


 何かを呟きながら、こちらに歩みを進めてくる男。

 その男から逃げるように、赤い手形が壁をベタベタと赤く塗り替えていく。


「うん。まずはこんなものか……」


 その光景を目にした環ちゃんは、興奮でただ離さないよう言われている紙を握りしめることしか出来ない僕の隣で……日本刀をさやに付けられた紐でたすき掛けにする事で、両手を自由にしながらそう呟いた。


『くビィ……ワたせッ!!』


 首を持たない方の手で草刈りかまを持ち、僕らの方へと迫る男を確かに見ながら。


「盾くん、覚えておいて。何事にも【前兆ぜんちょう】というモノは確かに存在する。それは、呪いですら例外ではないんだ」


 それでも尚、平然として僕に解説をする環ちゃんの言葉を……僕は、初めて目にする本物の“怪異”というモノを見つめながら確かに聞いていた。


「さてと、前兆も始まった事ですし……まぁ、いつも通り平然と。現世うつしよ常世とこよ狭間はざまで、理不尽を切々せつせつめながら––––忌々いまいましき呪いの観測を、始めようか」


 ただし––––––––環ちゃんの宣言は、僕の耳には聴こえていなかった。

 何故なら……。


「超良いね!! 最っ高に良い感じで気持ち悪いよ!!」


 環ちゃんが呟く声にかぶせて、僕はそう叫んでいたからだ。

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