第一章

Sトンネル

Sトンネル 【怪談】

「まぁ、いいですけど……では、私はそろそろ仕事に戻ります。盾さん、こちらを渡しますが––––絶対になくさないで下さいね。この先貴方の事を守ってくれる、御守りのようなものですので」


 多分何もわかっていない神羅さんは、そんな風に言いながら僕に楕円形だえんけいの透明な石を渡して去って行った。


 いや……これ、何?

 何かわからなかったが、とりあえず長いひもがついていたので首からぶら下げて……死んだ時に来ていたネイビーのスーツの内に隠しておく。


 うん。なんかこれがしっくりくるわ。


 僕が勝手に試行錯誤して納得した間に、完全に日が落ちた公園で……彼女は、また三毛猫へと姿を変えた。


 彼女が両手に持っていた日本刀も、着ていた服も消えている。

 編み上げブーツはともかく、あの瑠璃紺るりこん色のオーバーサイズパーカーとかはかまみたいなズボンとかは残ると思ったんだが……ぜひ仕組みを知りたい不思議収納だ。


『本当は、研修として行く場所は決まってるんだけど……今回頼まれたのは盾くんの“同行”だし、このまま今日予定していた仕事場に行く。そこまでの道中で、今回盾くんが行く心霊スポットや、我々“観測係”の仕事について説明するから……あと、私が上司だからタメ口でいくんでよろしく。ただ、年齢が微妙びみょうだろうから呼び方とか、そっちの口調は好きにして良いよ』


 そう投げやりに言いながら少し振り返り、行かないのかと僕に催促さいそくする環ちゃんに、僕は不思議収納に関する思考を一度やめ、少し悩んでから声をかけた。


「了解。環ちゃん」


 うん、だいぶ年下の子だし……もう社畜じゃないんだから、タメ口でいいでしょ。

 それより、心霊スポット〜!!


 あれ? 

 そういえば、さっきは猫の鳴き声にしか聞こえていなかった環ちゃんの声が、何故か人の声に聞こえている。

 この世には、まだまだ僕の知らない事がたくさんあるらしい……この先、ゆっくり知っていけたらいいなぁ。


 そんな今まで感じたことのない不思議な気持ちで、僕は環ちゃんの後を追ってまた歩き始めた。


 ◇


『まず、観測係についてだけど……観測係というのは、地獄にある部署の一つでね。現世の心霊スポットを巡って、そこにとどまって人に悪さをする霊……いわゆる悪霊が持つ呪いを解きながら、悪霊をはらう。要するに殺す仕事をしてる』


 え……何それ。

 敵じゃん?

 その仕事、心霊スポットと霊に憧れてる僕の敵じゃん?


 霊はきっと、良いものだよ。

 人間よりも、ずっと。


「なんで霊を殺すの? というか、霊って殺せるの?」


 納得がいかないと思いながらも、まず理由をく。


『正確には、殺すというのとはすこしちがって……なんというか、エネルギーをうばうみたいなイメージなんだ。霊というのは、その人が死ぬ時に持っている感情のエネルギーがあって、それは多いほど長く現世に留まり、強い力を発揮する。

 でも、それには限りがあって……自分が持つエネルギーが尽きたら、存在が現世から消滅してしまう。

 それを防ぎ、自分のエネルギー量を超えて現世に留まろうとすれば––––その為には、他のナニカから奪うしかない』


 ここまではわかる?

 と、さっき自己紹介した時と同じトーンで平然と話す。


「わかるよ」


 それは、わかった。

 でも……なぜ、それが霊を殺す––––いや、祓うことにつながるのか?


『他のナニカとして使われるのが、生きているモノや善良な霊だから、問題なんだ。霊とはあくまで死んだ者。本来生者が生きる世界である現世に、死者が手を出してはいけない。特に、生きている人に手を出した霊は地獄じごくにすら居場所がなくなる』


 待つのは、二度目の死。

 地獄に行き、二度目の生を待つ事すら許されず……ただ存在が消えてしまう。


 あくまで軽い口調で告げられる数々の言葉に、僕は押し黙るしかない。

 神羅さんが言っていた仕事内容に、一切嘘はなかった。

 ただ、詳しい事を言わなかっただけだ。


『……まぁ、という訳で死者を管理する私達獄卒の中でも、対霊戦に強いモノが観測係となって、生者に手を出した悪霊が地獄にすらいけないように––––彼らの持つエネルギーが底をつくまで奪い、引導いんどうを渡すんだ』


 ……僕は、霊を祓いたくはないなぁ。

 でも、心霊スポットを巡れる観測係にはなりたい。


 だって、ずっと憧れだったんだ。

 そう簡単に、諦めてたまるか。

 絶対に、霊を祓わずに済む方法を見つけ、やってみせる……!!


 そう考えていた僕は、環ちゃんが心なしか苦しそうに呟いた『他の方法もあるにはあるけど、難しいからほとんど誰もやらない』と言う声を聞いていなかった。


 そんな黙り込んだ僕をどう思ったのか、環ちゃんは話題を変えた。


『それで、これから行くのはSトンネルっていう心霊スポットね』


 猫になった環ちゃんの声は、少しぼやけた特徴的な聞こえ方をする。

 新鮮な体験に、遠足前夜の幼稚園ようちえん児のように心躍らせながら現実に戻ってきた僕は声を上げた。


「Sトンネル!!」


 知ってる!!

 埼玉県都市部のこの辺りで、危険度の高さと人気の高さの両方で上位数箇所に入るであろう心霊スポットだ。

 おそらく、全国の心霊スポットの中でも中々にヤバイと言われている内の一つ。

 

『ネットにってるSトンネルのは、男性の霊、少女の霊、女性の霊が出没するというだけの簡単なもの……それ以上載っているところでも、見るのは事件や事故が多発しているというものだけだ。けれど––––地獄で保管されている数十年前の記録では、また違ういわくも確認できる』


 いわく……夜通ると、悲鳴や泣き声が聞こえる。

 いわく……刀を持った奇妙な男の姿が見える。

 いわく……近くを歩いた人が、無意識にそのトンネルを通るようになった。


 街灯がなくなっていき、暗くなってくる道でもスタスタと歩く環ちゃんによって何でもない事のように紹介されていく怪談に、僕のワクワクは段々とつのっていく。


『あそこは、昔墓地だったり……それから、それよりももっと昔の合戦時に女子供が敵に囚われて殺された場所でもあるから、そう言う系の怪談が多い。ちなみに、ここの等級は上級』


 なんか、原因があるのもちゃんと怪談っぽいなぁ……。

 ワックワク!!

 ん……?


「……上級?」


 聞いたことがあるけど、今使われた意図がわからない言葉を反芻はんすうしてみる。

 ……うん。わかんねぇわ。


『あ……そっか、そこからだったね。心霊スポット及び霊は、危険度が高いモノから順番に特一級、特二級、上級、中級、下級と分類される。今回行くのは上級』


 なんと!!

 上から三つ目……危険そう!!

 そんな危険な場所を作る霊は、どんなだろう!!


 期待で目をキラキラとしたものに変化させた僕を呆れたように見てから、環ちゃんはまた日本刀を抱えた少女へと姿を変えた。


 目の前には、黄緑色にかべを塗られたトンネル。

 どうやら、目的地に着いたらしい。


「上級の心霊スポットの特徴は––––––––高確率で不幸な事象が起こり、この先まともに生きていくのが難しくなるほどの呪いをかけられる。

 さっきの話からもわかるだろうけど、霊の呪いは霊にも効く。つまり盾くん……君も悪霊の攻撃を受ければ、二度目の死を迎える可能性があるんだ。どう? 今ならまだやめられるよ?」


 チカチカした白い光が夜の暗闇に光るトンネルを背景に、ニヤッと笑った環ちゃんに……僕は、歩み寄りながら返した。


「やめるわけがない!! さぁ環ちゃん、早く行こう!?」


 さぁ、僕の記念すべき初仕事––––––––Sトンネル、観測スタートだ!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る