お三毛な少女様との出会い

「それでは、付いて来てもらえますか?」


「は〜い」


 神羅さんによるあまりに下手な情報開示に、正直唖然あぜんとしていた僕だったが……割と正気に戻るとすぐに。


 こちとら一回死んでんだ!!

 命の危険がなんぼのもんじゃいっ!!

 それよりも、心霊スポット巡り出来るってマジ!?


 ……と言う具合に提案に飛びついた。

 スタスタと前を歩く神羅さんの背中を見ながら思う。

 僕、我ながらチョロすぎる……。


 まぁ、そんな過ぎた事は良いとして……僕はずっと気になっていた事を神羅さんに聞いた。


幽霊ゆうれいって、足あるんですね。体が軽いぐらいしか変化ないです」


 そう、僕、足あるわ。

 全然普通に歩いてるわ。


「はい、ありますよ?」


 足があったら人、なければ霊という方法で見分けられると思っていた僕にとっては、この死後に気付いた事実は随分ずいぶん衝撃しょうげきだったのだが……神羅さんは、めちゃくちゃ生温かい笑顔で返してきた。

 気まずぅ……。


「飛び降りで体がグッチャグチャとか、殺されてバラされた時に何処どこかだけ別の場所に遺棄いきされたとかでない限り、基本的には霊になっても五体満足の姿ですね〜。生前の姿が反映されますよ。まぁ、何事にも例外というのは存在しますが……」


 はい出た〜!!

 さらっと怖いこと言ってくる系ニコニコイケメンいただきました〜!!

 は〜……。

 イケメン、許すまじ……。


「更に言えば、これは地獄で働く職員……これからは獄卒ごくそつと言いますが、その獄卒限定なのですが、その方の人生で一番思い入れのある姿になる事も可能です。

 盾さんも、今は健康的な顔になっているんですよ」


 マジか。

 映るかわからなかったが、とりあえずチラッと近くにあったカーブミラーをのぞいてみた。人の好奇心とは恐ろしいものだな……。


 目の下のクマがなくなり、頰も心なしかふっくらしている。

 自分で雑にカットしていた黒髪にはつやが出ており、幼稚園児が真っ黒に塗りつぶしたようだった瞳は若干光を宿していた。


 え、僕、イケメンじゃね?

 神羅さんには負けるけど……それなりの美形じゃね?

 さすが霊クオリティ。

 さすが僕が長年憧れていただけある。

 神ってるな。ただの霊だけど。


「……死んでからの方が健康的とか、何の皮肉でしょうね?」


「鳥ですかね?」


「いや、何の皮と肉ですかって訊いてる訳じゃないんですよ。今焼鳥屋が見えたからちょっとふざけましたよね!?」


 …………ハァッ?

 危ない……あまりの怒りとその他諸々もろもろの感情で、一瞬いっしゅん虚無きょむってしまった。


「さぁて、何のことだか……あ、良かった。いましたね」


 僕渾身こんしんの人生初ツッコミを華麗かれいにスルーした神羅さんは、僕の恨めしげな目を気にも止めずにそう言い、辿たどり着いた先のだだっ広い公園のはしにあるベンチへと走った。


 そこには、日が落ちかけている今の時間でも日にあたる座面で丸くなってこちらを見ている三毛猫がいる。


 なんだか、不気味だ。

 何もかもを見通してしまいそうなその縦長の瞳孔どうこうに、僕が思わず身震いをしたのと同じ頃……。


「どうも、たまきさん」


 神羅さんが、猫へと話しかけ出した。


 え?


「実は、新人さんを連れて来まして……え? いや、違います。つい数時間前まで、一般ぴーぷる括弧かっこ社畜括弧かっこ閉じるだった人ですよ。……いやですねぇ、今回は僕じゃなくて、あの方の意向ですよ。ただの人事じんじに、そんな権限がある訳ないではないですか。あの方経由でこの方のデータは送っていますので、ぜひバディを……」


 え?

 ……この人、猫と会話しだしちゃったよ。

「なぉん」とか鳴いてる猫に、めちゃくちゃ話しかけてる……こわっ。


 もしかして、この人もリア充じゃない……?

 ボッチ勢?

 あ……だったら、優しくしなきゃ。


「お待たせしました、盾さ」


「貴方も大変なんですね……爆散しろとか思っててすみませんでした」


 ポンッと肩を叩いてそう告げると、神羅さんが初めて笑顔以外の表情……具体的には、ポカンとしたような顔をして口から空気を漏らした。


「……ぇ?」


「大丈夫ですよ、味方はいますからね……!!」


「え、え?」


 ボッチを見抜かれて動揺してるんだね?

 わかるよ。

 でも、これからは今結んだボッチ同盟を心の支えに生きていこうっ!!

 あ……もう死んでるから正しくは、死んでいこう!! だけどね。


『あ〜、面白い。こんなに笑うなんて、何年ぶりだろう……神羅さん、良いですよ。一回くらいなら、この方と仕事をしても良いです。ただし、邪魔をしないなら』


 僕が神羅さんと真剣な顔で向かい合っていると、急に三毛猫の方から女の子の声が聴こえた。


 何の声かと視線をやると、猫の姿がみるみるゆがみ––––––––少女に、変わった。


 わーお……おーまいぐっどねす。


 三毛猫と同じ黄緑色の瞳の、明るい茶色の長い髪を簪でお団子に結い上げた綺麗な少女は……ベンチからぴょんっと飛んで地面に降りると、両手で日本刀を抱えたまま僕に向かって頭を下げる。


「初めまして、御上盾さん……いや、盾くん。今この時から君の相棒を務めることになりました、“観測係かんそくがかり”のたまきといいます。以後よろしく」


 その少女が着ているオーバーサイズのパーカーは、えりが立っている今の状態だと口元がかくれるほどに大きくてそでが広がった瑠璃紺るりこん色をしていた。広がった袖が、風にあおられてふわりと揺れる。


 まるで袴のように裾が広がった形状のズボンからは、焦茶色の編み上げブーツがちらりと覗いていた。


「……ぁ、よ、よろしくお願いします」


 僕も慌てて、混乱の中でも頭を下げるという社畜精神で挨拶を返したが……頭の中は、一つの事で一杯一杯だった。


 え?

 猫が少女になった?


 そんなのはどうでも良いんだよ!!

 むしろ、今まで夢見ていた人ではない存在を感じられて大変よろしい!!

 もっとやりなさい。


 僕が気になっているのは、そこではなく。


「神羅さん、ボッチじゃなかったんだ……」


「……あの、本当に何の事ですか?」


 今僕の目の前で何もわかっていないという顔をしているリア充イケメンによって、発足から一分も経たずに破られた……ボッチ同盟の事だった。

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