観測係は我が道を逝く!!

風宮 翠霞

プロローグ

 ––––ああ……自分は、もうすぐ死ぬんだろうな。


 真っ黒い部屋の中で天井を見ていた僕は、何故かそう確信していた。

 迷いもせずに、それは確かだと思った。


 僕のゴミみたいだった人生はきっと、好転しないまま終わりをむかえるのだろう。


「人生、良い事なんてなかったなぁ……」


 ◇


「じゃ、良い子で留守番してるのよ。お金はいつもの所に置いてるから、何か適当に買って食べといてね」


 そんな母の言葉が当たり前だった僕の家は、機能不全家族だったのだろうと。

 そう、大人になってからは思うようになった。


 僕は、要らない子供だったのだ。結婚してからも変わらず多くの男と会っていた母も、そんな母に愛想を尽かして家に帰らなくなった父も。

 二人とも、一夜の過ちで生まれてしまった僕には関心がなかった。


 金がけで繋がっている家族。それが僕の家だった。

 でも、きっとうとまれないだけ幸運だったのだ。

 本当に自分と血の繋がった親子かわからない僕に、父は働いてお金をかけてまで、大学へと進学させてくれたのだから。


 家でひとりだった僕は、学校でも独りだった。

 いじめられはしないが、仲間に入れてももらえない。

 まさに空気のような人間。いや、空気は生き物が生きる為に必要だけど、僕は必要とされていなかったから……僕は、空気以下のナニカだった。


 必死で頑張った勉強も、ブラック企業を見抜くには使えずにあっさりと搾取さくしゅされる側になった。


 唯一の楽しみは、人とは違う“ナニカ”の存在を想像する事。


 きっと、“ソレ”は僕を見てくれる。

 きっと、“ソレ”は素敵なモノだ。

 心霊スポットに行けば、会えるのだろうか?


 そう思いながら心霊スポットについてまとめた個人サイトや動画を見て、そのまま寝落ちして死んだように眠る。

 それだけが、心の安らぎと化していた。


 それが、僕の人生。


 本当に、ゴミみたいだ。

 僕の人生には、何か意味があったのだろうか。


 ◇


 人生で最初で最後の安らかな眠りを前にして、走馬灯のように浮かんだ自分の人生を振り返り……思うのは、ただ一つ。


『死にたくない』とは言わない。

 ただ……。


「あ〜……死んだら、心霊スポットめぐりでもしてぇなぁ––––」


 それだけを願い、僕は静かに目を閉じた。


 こうして、僕––––御上みかみじゅんは、享年二十八歳という短い生涯しょうがいに幕を下ろした………………はずだ。


「ですよね?」


「はい、間違いありません」


 僕は、自分の青い顔を見下ろしながら……目の前でニコニコとした表情を崩さない美形の青年の返答に頭を抱えた。


 なんなんだ、この青年。

 死んだ僕に向かって、平然と話しかけてきたはかま姿の青年を見下ろす。


 ……リア充代表みたいな、キラキラした顔しやがって。


 ここ、僕の部屋なんですが?

 何勝手に入ってくれてんですか?

 こちとら霊ですよ?

 リア充爆散の呪いをかけてあげましょうか?


 ああ、もう……何もかもがわからん。

 思考がグチャグチャでまとまらない僕に、彼––––最初に神羅しんらと名乗った青年は、なんでもないことのように平然と話を進めた。


「改めまして、御上盾さん。わたくし、地獄でそれなりの地位にいる人間––––鬼なのですが、貴方……地獄の職員として、霊に関わる職に就く気はありませんか?」


「––––––––は?」


 情報量過多と急に何を言うのかという驚きで、僕は固まる。

 いや……情報を明かすペース配分、めちゃ下手か。


「貴方の願いを聴こうと思いましてね? 突然なのですが……命の危険と引き換えに、現世の心霊スポットを巡れる職に就く気は無いかと思いまして」


 自ら“鬼”と名乗った彼は……その言葉に相応ふさわしい、この世の者とは思えない美しい笑みを浮かべながら、そんな提案を持ちかけた。


 ああ……なんて美しく、恐ろしいんだ。

 僕は、何か不思議なものに魅入みいられるような奇妙な感覚を覚えながら……そっと口を開いた。

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