第33話 ケルベロスは甘い物好き
静かになるまでじっと息をひそめているが、まだ戦っている音が聞こえる。戦い方を一目見ておきたいが、隠れてろって言われているからな。邪魔をするわけにもいかない。
エンベルトはまだ冷静でいるのかとふと横を見ると、震えていた。いったい何に。
「大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫さ。ただ、思いのほか外にいるモンスターが強いみたいだね」
それはそうだろうな。なんたってケルベロスなのだから。
それにしても、外で戦っている冒険者たちはすごいな。音がずっと止まない。もしかしたらケルベロスの攻撃の音が止まないのかもしれない。確認は出来ないからな。
「エンベルトさん、なにか甘い物ってあります?」
「どうしたんだい、急に」
ずっと音は止まない。名前を知っているから対処法も知っているのかと思ったが、そうでもないようだ。この時代は絵本とかよりも、
「冒険者の人たちを助けるの」
「甘いもので?」
「そう。見てて」
不思議そうに首を傾げながら、エンベルトがぶどうを渡して来た。ぶどうか。つられてくれたらいいが。
「御者さん、僕が合図したらすぐ馬を出して」
「だ、大丈夫なんですか」
「大丈夫」
布をそっと開け、まだ戦っている冒険者とケルベロスを見る。まだ私には気付いていないようだ。
御者の後ろに立ち、ぶどうをもった手の肩を回す。遠くに投げられるように。
「ケルベロス。甘いものは好きか?」
「アーロ君」
全員に聞こえるように大声を出す。当然、ケルベロスも私を見てくる。目視した途端、口を開けたままこちら側に向かってきた。私を喰う気か!
その口目掛けてブドウを投げ入れる。勢い余り過ぎて喉に当たってしまったようで、ケルベロスから変な声が聞こえた。
「全員荷車に乗って! 御者さんは馬を!」
何が起きたと呆然としている冒険者たち。その間に御者が馬を走らせようと手綱を動かした。その反動に少しだけ落ちそうになったが、なんとか耐えた。
「早く!」
私の声を皮切りに全員が武器をなおし、荷車に乗る。ケルベロスはまだ喉の奥の痛みが消えていないようだ。喉の痛みと甘い物。それでだいぶ距離を稼げると思う。
全員が乗り、荷車を発車させるとケルベロスとどんどん距離が開いていく。
だが、問題なのは相手は犬だ。匂いで辿ってくるかもしれない。ケルベロスを追い返せる者がいればいいが。
「みんな大丈夫?」
「あ、ああ」
攻撃を受けたのか、鎧などには傷がついていた。他の者も疲れ切った顔をしているが、それでも冒険者5人とも生きている。
「よくサーベラスの対処法が分かったね」
「昔、聞いたことあったんだ。三つ首の犬は甘いものが好きって」
「あれが、犬、なのか?」
「狼は鼻の部分が長いのが特徴だよ。みんながよく見るモンスターだね。そして反対に犬は鼻が短くて目がくりくりしてる。サーベラスに関しては論外だけど」
あんな犬がいてたまるか。懐くのはハデスか音楽を奏でる者にしてくれ。
ずいぶんケルベロスから距離を取ったと思う。吠える声も聞こえてこないし、追いかけてくる音もしない。
しかし、危なかったな。まさか口を開けて襲い掛かってくるとは。何も持ってなかったら喰われてたところだった。
しばらく馬を走らせ、安全になったのを確認した冒険者の人たちがここでキャンプをしようとなった。もう少しで日が落ちる。その前にだな。
「何か手伝うことある?」
「じゃあ、枝を集めるのを手伝ってくれる?」
「わかった」
魔法使いの女性の隣を歩きながら燃えそうな枝と葉を拾い上げていく。野営を誰かがするだろうから、多くとっておいた方がいいだろうな。この世界に季節があるのかはまだ分からないが、もしかしたら今日寒くなるかもしれない。松ぼっくりなんかがあればゆっくりと燃えるから、結構長く持つんだがな。
「集めて来たよ」
見渡してみたが、松ぼっくりはなかった。だが、腕いっぱいに枝と葉が手に入った。これで長く燃えるだろう。
野営をすると普段街の中で食べている物は食べられなくなるが、これこそサバイバルって感じだな。
干し肉に硬いパン。冒険者の人たちはそうだが、エンベルトも同じだった。
街に着くのは明日。無事に着くといいが。
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