第32話 丁重に扱って
街の外に出て、今私は荷車の中にいる。荷物を近くの街にまで持っていくそうだ。中身は水晶で、聞けば水晶はギルドのどこにでもある物だが、作っているのはこの街エペンプールだという。そして、ギルドを経営する中で一番大事なものだと言っていた。そんな重要な物の荷物運びとして経験させてもらえるのは有り難いことなのだが、私で良かったのだろうか。
何故私なのかと聞くと、魔力がないということで選ばれたそうだ。なんとも、ギルドの外で魔力がある者が水晶に直接振れると、ひびがはいってしまうとか。そしてひびが入った水晶は使えなくなってしまうらしい。
繊細なんだな。
そして、私だけではもし盗賊や怪物に襲われたとき対処は出来ない。だから、選ばれた冒険者が護衛としてつく。
女性2人と男性3人。全員Bランクの冒険者だそうだ。アレシアと同等の冒険者以外の戦い方はまだ見たことがない。大剣とかは使えないかもしれんが、斥候の足運びなんかは役に立ちそうだ。
「では出発しますよ」
御者が馬に指示をし、荷車が動き出した。
冒険者は外で護衛しながら歩いている。そして、私は荷車の中で水晶が割れないように監視する。それが私の仕事だそうだ。もちろん、わたしだけではなく、ギルドの職員も一緒にいる。
「アーロ君だったよね。顔は見たことあるけど、直接話すのは初めてかな」
「そうだね」
「僕はエンベルト。ギルドで荷物管理長をしている者だよ」
「よろしく」
メガネをかけて、少しやせている男性。目の前の男性も魔法で物の移動をしているのだろうか。それだったら、この水晶には触れられないのではないか?
「エンベルトさんって魔法使えたりするの?」
「もちろん出来るよ」
「それだったら、なんで荷車に? 水晶って魔法が使える人が直接触ったらヒビが入ってしまうんでしょ」
「向こうに着いたときに水晶の調整をする為に一緒に乗っているんだ」
水晶の調整? 確かにこのままだったらギルドの受付の人も触れたりすることが出来ないが、それはエンベルトもそうなのではないのか。エンベルトと他の荷物運びの魔力の違いが今のところ分からないが、移動先のギルドに着いたら分かるのかもしれない。
「あ、そうそう。アーロ君は初めてだよね。途中盗賊に襲われたりするから、冒険者の方々が隠れろと言ったらすぐ隠れるんだよ」
「わ、わかった」
妙に慣れている。こういうってことは毎回のことなんだろうな。それほどこの水晶は魅力的なんだろうか。首を傾げるしかない。
「すごく落ち着いてるね」
「冷静じゃないととっさの判断が出来ないから、僕がしているってのもあるね」
「経験豊富ってことか」
「そうなるね」
からからと笑うエンベルト。その空気を壊すかのように冒険者の鬼気迫った声が聞こえてくる。「サーベラス」と叫んでいる。サーベラスって何だったか、どこかで聞いたことがあるような。
気になり、私たちと御者の間にある布を少しずらし、外の様子を見た。
「隠れてて!」
布を少し開けた私に気付いた斥候の女性が近づき、私をそっと荷車の中に押すと、勢いよく閉じた。一瞬だけだが首が3つに分かれていた怪物が冒険者の前に立っていた。
「魔物が現れたみたいだね」
エンベルトは冷静沈着に言った。水晶が入った箱を倒さないように中心に移動させ、荷車が壊れないようエンベルトが何かを唱えている。唱え終わった後、何かに包まれているような感覚になった。私には見えないが魔法に包まれているのだろうか。
「これ、魔法?」
「そうだよ。水晶には影響しない防御魔法。もちろん、防御魔法だから大抵の攻撃は弾ける」
「大抵以外のが来たら壊れる?」
「そうだね。なかなか壊れることはないけれど、万全ではないからね」
「そっか」
外からは魔法を撃っている音や、剣で斬っている音。そして、獣の唸り声が聞こえてくる。
思い出した。3つ首の犬は英語読みでサーベラス、ラテン語読みでいうケルベロスのことだ。地獄の番犬がなぜこんなところにいるのか分からんが、あいつの対処法は音楽で眠らせること、もしくは甘いものを渡す。名前を知っていたから対処法は知っていると思うが、上手く出来るだろうか。
最初出発する前に自己紹介をしたが、音楽家はいなかった。どうしたものか。当然私は戦えないし、歌も歌ったことはない。甘い物なんかは持っていないしな。
万事休すか。
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