第22話 中ボス編
それから順調に進んでいき、私たちの前には木製の大きな扉がドンと構えている。これは、なんなんだ。
「いよいよ中ボス戦だ。みんないいか?」
服装を整えたり、精神を落ち着かせるために、深呼吸をしている。
ボス? ダンジョンにはボスとやらがつきものなのか。どちらにしても、私は戦闘には参加できないが。
「準備よし」
「行けます」
全員の了承を得たローリンが大きい扉を押し開けた。まだ中には入らず、松明を中に投げ入れると、一瞬だけ何かの姿が見えた。ふさふさのしっぽ。あれはリスだな。あれがボスなのか? にしてはと思ったが、この世界と私がいた世界は似ているようで違う。だからあのリスももしかしたら脅威なのかもしれない。
「どう思う? 入っても平気そうか?」
「分からないわ」
ローリンが皆に相談している。大きい敵がいると思ったが、扉を開ければ小さいリスがいるだけ。それに拍子抜けしてしまったのだろう。前に出過ぎない程度に中を見る。松明の炎がまだ揺らめいている中、リスの口から異様に生え出ている歯が見えた。
「行くか」
ローリンたちが中に入ろうとした瞬間、そのリスが意味もなく走り始めた。まるで北欧神話に出てくるラタトスクみたいだ。
ん? ラタトスク?! それはまずい!
「入っちゃダメ!」
半分入りかけてたがローリンの服を掴んで止めた。ラタトスク自体は脅威ではないが、その周りが脅威過ぎる。目の前に広がる空間に
「何故入っちゃダメなんだ」
「ただのリスじゃない」
マリンダが言うように知らない者がみれば、確かにあれはただのリスだ。だが、ただのリスだと油断してはならない。
「あれはラタトスクって呼ばれてるリスなんだ。あれ自体は脅威ではないけど、その周りにいる怪物が危ないって言われてる」
「だが、ここまで来たんだ」
「お願いローリンお兄ちゃん。ここで戻ろう」
頼む。ここで戻る選択をしてくれ。そうでなければ全員ここで死ぬことになる。中ボスがいるという部屋に来るまで、ダンジョンとはどういうものか見てきたが、死んだ怪物が地面に溶けていくのを幾度となくみてきた。人も同じになるかは分からないが、なんとなくそうなりそうな気がしてならない。
「周りにいる怪物ってどんなのがいるの?」
「僕が知っているのはニーズヘッグ、フレースヴェルグがいるってことだけ」
「なにそれ」
ラタトスクを知らなかったのだ。そのほかを知る
「も、戻りましょう。なんとなくだけど、私も嫌な予感がします」
今までずっと黙っていたアレシアがおずおずと言ってきた。2人から言われたローリンが腕を組んで悩んでいる。その他2人はローリンの意見を待っている状態だった。悩みながら「ここまで来たんだけどな。でも、2人が言うしな」と呟きながら部屋の前で右往左往している。
「君たち2人は戻ってていい。僕らはこの先に行く」
「お願いだから行かないで」
決心したローリンが、服を掴んでいる私の手をそっと外し、中に入って行った。残り2人もついて行き、ボスの部屋の前に残された私とアレシア。
しばらくすると剣がぶつかり、弾かれた音が聞こえてきた。扉からの隙間風が私の頬を撫でる。風ということは、フレースヴェルグか。【死体を飲みこむ者】という意味がある。ここのダンジョンは死体を溶かしていくが、あいつがここのボスだというなら溶かされる前に食われてしまうだろう。英国にいた時、あいつに遭遇しなかったが、脅威的な怪物はごまんといる。フレースヴェルグもそうだ。
私の忠告も無駄に終わった。中から悲鳴が聞こえ始めてきたのだ。
「魔法が当たらない」「飛び回って攻撃が当たらない」
と。
フレースヴェルグはハゲワシの姿をした巨人。その巨体を風を使いながら飛んでいるのだ。当たるはずもない。唯一遠距離で戦えるマリンダがいるが、風で相殺されているのだろう。
「あの3人大丈夫かな?」
扉の前でおろおろし始めたアレシア。
「いや、ダメだな」
「え……」
私の言葉に絶望した表情になる。
「中にいる怪物は充分な対策をしないと敗ける」
「それだったら参戦しないと」
「お前が行っても足手まといになるだけだ。もちろん私もな」
その言葉と同じく、中からの音が一切しなくなった。終わったか。死亡したことをギルドに報告しないといけないが、ギルド証は取れないな。
「戻ろう」
「で、でも」
「ここにいたって私たちに出来ることはない。それよりも無事に戻ることが優先だ」
扉に背を向け、入り口に向かう。微かに風に乗った鉄の匂いが私の鼻の奥をついた。
記録
ダイムサルン 10階層目
敵 フレースヴェルグ
死傷者 3
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