第14話 いったい……?

「……もう、帰っていい? 眠たい」

「ああ、すまんな」


 欠伸が出始めてきた。のっそりと椅子から降り、フラフラな状態でアレシアの元に向かう。子供の体は正直でいい。寝ることで次の日もまた活発に動ける。

 今の呪われた姿のではなく、本当に小さかったときの私のときはどうだっただろうか。ちゃんと眠れていた記憶がない。


「おんぶしようか?」

「……いい」


 そこまで子供ではない。が、何かにぶつかりそうだなというのだけはわかる。それに、瞬きの回数がさきほどよりも多くなってきた。まぶたも重い。


「よい……しょ」


 顔とお腹あたりに暖かさを感じる。アレシアが背負ったのか。いいといったのだがな。


「おやすみ」


 その言葉にいざなわれるように意識を失っていく。



「ここはどこだ」


 真っ暗な空間。物も無ければ木すらない。ただ分かるのは肌に伝わる冷たい風のみだ。


「あの女に先を越されたか」


 背筋が凍るほど低い声が、真っ暗な空間に響き渡った。その声をきりに私の近くにある燭台から火が灯されていく。壁には旗が飾られ、足元には赤いじゅうたんが敷かれている。天井には人骨で出来たシャンデリアが飾られている。燭台の火が奥まで灯され、それを目線で辿って行けば、最奥に誰かが座っているのが見えた。ここに奴以外の気配はない。となると、先程の低い声は


「我だ」


 目の前に座っているやつと目を合わせた瞬間、全身が動かなくなった。なんなんだ、あいつは。今まで多くの怪物と殺り合ってきて、目線を合わせてはいけない怪物もいたが、それ以上だ。心臓を握られているような感覚にさえなってくるほどに。


「待っていたぞ」


 何故声が出せない。先程まで出せていたはずだ。それなのに、目の前のやつと目を合わせた瞬間から喉の潤いがなくなっていく。そして、目線を外せない。


「今からでも遅くはない」


 どっしりと椅子に座っていた男が立ち上がり、一歩前に出してくる。それだけでも皮膚から汗が流れ出てくるのがわかる。逃げなくては。こいつと対峙したらダメだ。それなのに指一本動かせない。


「我の仲間になれ」


 尖った爪。温度の感じない手で顎を掴まれ、強制的に顔を上に向けられる。赤い目がこちらをじっと見つめている。なんだ、頭の中がやつのことで……。


「アーロ君!」


 頬が痛い。痛みで目が覚めるなんて初めてだ。


「良かった! 目が覚めたんだね」

「頬が痛いんだが、何をした」

「ずっとうなされてて声をかけても揺すっても起きなかったから頬を叩いたの」


 心配そうに眉を下げながら私を見てくるアレシア。熱を持っている頬を触りながら、周りを見渡すと、外は明るく、街の人たちの声が聞こえてくる。昨日アレシアに背負われ、『おやすみ』と言われたところまでは覚えている。その後は……。なんだ。何も覚えていない。悪夢を見たのだけは覚えているのだが、どんな内容だったのかまったく覚えていない。ただ、とてつもなく寒気がしたのだけは覚えている。


「気持ち悪い……」

「大丈夫? 今日受付の人に言おうか?」

「いや、体調が悪いってわけではない。汗をかいて服が肌に引っ付いているのが気持ち悪いんだ」


 一旦着ている物を脱ぐか。張り付いていて脱ぎにくいが、ぴったりとくっ付いている服ではなかったのが幸いだった。

 当然ではあるが、筋肉はなくまっさらな状態だった。火傷の痕や矢で貫かれた痕もない。こうやって自分の体を見てみると、子供になってしまった現実を改めて突き付けられた。


「ギルドはいつ開くんだ?」

「あと少しで開くよ」

「そうか」


 服を上下に動かしながら汗をかわかす。今はこれを着ているが、しばらく戦いに出られないとなると、この服ではなくここの世界の服を着ていた方がいいのかもしれない。


「朝食はどうする」

「ギルド内で食べるよ」

「まだ空いていないのにギルド内で食べるのか?」

「ご飯食べるところは早い段階で開いてるんだよ。朝に帰ってくる冒険者の人もいるからね」

「そうか」


いくばくかましになった服を着て、宿から出る。ギルドについてまずはなんの仕事をするにしても、しっかりとしなくてはな。

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