第12話 酒は飲んでものまれるな

 ドンドン近づいてくる大男にアレシアも怯えて震えているが、私を必死に守ろうと前に立っている。私の話し方やトキシン・ブルとの戦い方を見ているにも関わらずだ。

 さて、どうやって倒すかだな。


 目の前に立つと大男と私たちの身長差がより分かる。背が小さすぎると首が痛くなるのだな。それほど会う機会はないが、小さい子供と会った時はしゃがむか。

 なんてことを考えている余裕はある。それほどこいつが恐ろしいとは思っていない。

 ちらりと周りを見れば、勇敢に立ち向かうアレシアを周囲は傍観《ぼうかん》しているのみだ。自分のことは自分で守れということなのだろうな。


「おい、なんとか言ったらどうだ」

「や、やめてください……! まだ子どもなんですよ!」

「どけ、お前に用はない」

「きゃあ」


 私に恫喝どうかつしてくる大男に対し、怖がる真似をしながらアレシアの服を掴んで背に隠れているが、大男が裏拳でアレシアを殴り飛ばした。とっさに手を離したことで巻き込まれることはなかったが、さすがにこれは看過することは出来ない。


「アレシアお姉ちゃん!」


 あんな大男の裏拳を喰らったらただでは済まないだろう。実際、口から血を流しながら気絶している。口の中が切れたのかもしれない。


「よくもお姉ちゃんに!」


 ズボンと肌の間に木製フォークを隠し、大男に走って近づく。狙いは足のすね。幸いなことに相手は足にプロテクターなんかは何もつけていなかった。私を殴ろうと拳を振り下ろしているが、差がありすぎるがゆえに少ししゃがんだ私の頭上でからぶっていた。

 考えも無しに手で殴ろうとするからだ。


「ぎゃあ!」


 隠し持っていた木製フォークを相手の足の甲に刺し、回し蹴りで自身のかかとを相手のすねに当てた。これぐらいしてやらんと気がすまん。いくら子供の姿をしているとはいえ、自分は英国人だ。女性を殴ったことに対して見逃すほど優しくはない。私を守ろうとしてくれたアレシアの分を思い知るがいい。


「アレシアお姉ちゃん、大丈夫?」


 痛みでうずくまりながら苦痛の声を上げている大男は無視して、気絶しているアレシアの様子を見る。酔っぱらって加減されていない男の殴りほど危険な物はない。


「誰か、氷持っていませんか?」


 ざわざわし始めているギルド内の様子に、「何事だ」と老齢な男が近づいてきた。先程もこともあり、知らない男が近づいてきたことに警戒するふりをする。両手を広げ、アレシアの前に立ち、体を震えさせながら。


「お姉ちゃんに近づくな……!」


 筋骨隆々とはまさに目の前の老齢な男のことを言うのだろう。白髪に頰から鼻にかけての傷がついている男だ。どこの誰かは知らないが、私に何かしようものなら同じ目に合わせてやる。もちろんアレシアにもだ。


「そこの少女は君の?」

「違う。けど恩人」


 しゃがんで目を合わせて来た男に視線を向けたまま、意識だけはアレシアに持って行っていた。


「ポーションを」

「はい!」


 アレシアを一瞥いちべつしたあと、最初に受付をした人とは違う女性が目の前の男に細長いフラスコを渡している。あれは回復薬か。


「そこの少女にかけてやりなさい」


 はたから見れば子猫が威嚇いかくしているように見えたのか、直接アレシアにかけようとせず私に渡して来た。恐る恐る手を伸ばし、勢いよく奪い取った。まだ警戒しているのだぞと思わせるようにな。


「大丈夫だ。誰も近づきはせん。もし、近づこうとするものがいればわしが叱ってやる」


 そろりそろりと後ろに移動しながらフラスコの上についているコルクを外し、アレシアにかけると、ごほごほとき込みながら、目をゆっくりと開けた。


「アレシアお姉ちゃん、大丈夫?」

「えっと、私」

「あのバカに殴られて気絶してたんだよ」


 治療を受けている大男を指差し、アレシアの傷がないか確認した。彼女の口の端や体を見回りながら。


「それでお前誰」

「ギ、ギルドマスター!」


 アレシアが驚いている。ここのギルドのおさか。確かにこの筋骨隆々な姿は似合ってはいるが。


「すみません、ギルドマスタ―!」

「なんでアレシアお姉ちゃんが謝ってるの?」

「いやいい、気にしないでくれ」


 ギルドマスターと呼ばれる男が豪快ごうかいに笑っている。アレシアは謝る必要はない。騒ぎを起こしたのは酒を飲み過ぎて酔っぱらった挙句、ダルがらみしてきたあの大男なのだから。

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