三つの依頼と幼馴染の人狼
この町の名はカルペディオという。
未踏の地。流れ者の町。飲んだくれの町。ヒトと魔族の対立の町。
そのような歴史は過去のものだ。
「カルペディオは冒険者の町です!」とギルドの受付の女性が説明している。新入りの少年が目を輝かせた。
僕はフィズとセイラとともにギルドにやってきていた。
ギルドは酒場に似ている。というよりそのものだと言ってもいい。ただの酒場とギルドを中だけ見て区別することは難しい。ギルドの方が広く、骨だけの鳥が描かれた看板がぶら下がっていて、活気があり、たむろしている客が若く、暴力に身を任せがちで、夢を語り、剣を帯び、
なぜギルドと酒場が似ているのだろう。酒場は情報交換の場だとか、人と人の交流の場だとか、酔っぱらいは無茶な契約を結びやすくて依頼主が助かるとかいろいろなことが言われていた。
確かなのは、ギルドには様々な依頼が集まるということだ。
どうなるにせよ、依頼をこなさないことには始まらない。
「あ、ルクスさん」
「お久しぶりです、ミオさん」と僕は声をかける。少年相手に熱弁している女性の隣で、彼女はおっとりとした雰囲気を持っていた。淡い青色のネックレスが首元で煌めいた。
「フィズさんに、セイラさんも。ああ、確かに久しぶりですね~」
「ねえ、依頼ある?」僕を軽く押しのけてフィズが訊く。
「ちょっと待ってくださいね~」ミオさんは手元の資料に目をやった後、受付奥の扉の向こうに歩いていった。
「すごく見られてるわね」とセイラが呟く。椅子に座って足を組んでいた。
この二人といると視線を感じることは多いが、今日は特にそうだ。ギルドに入ったときから、妙に人と目が合った。この視線の多さはフィズが「巨人の斧」と呼ばれた巨大なチョコレートケーキを食べつくしたときと、セイラが積み上げられた酒樽から直飲みする「だるま落とし飲み」を披露したときの半分ほどだ。今は一樽も置いてないし、ケーキなんて扱っていない。
果たしてこの視線は僕らの噂のせいか。
それとも……
「別の問題がないといいけど」
「あるの?」と椅子に座ったフィズがビスケットをかじりながら言う。
「うーん……」と僕はあいまいに笑うことしかできない。
「お待たせしました~」と言ってミオさんが戻ってきた。彼女はまずカップをフィズに渡した。ココアが注がれていた。
そして、彼女は三つの依頼書をきちんと並べて置き、鈍色の重しをそれぞれにのせた。
「三つ?」僕は身を乗り出した。僕の顎の下でフィズが頭を傾けた。フィズはココアにゆっくり口をつけた。
「そうなんです。ルクスさんたちにふさわしい依頼に限ってしまうと、どうしても……」
三つの依頼は……
・廃村調査
・
・荷物の輸送
「どうなの?」とフィズが振り向く。カップを両手でしっかりと持っている。
「どの依頼も詳細が全然ないな……」
「ダンジョン調査に関しては、依頼者に訊いてもらうのが早いと思います。他二つは……皆さんが受けられるようなら、もっと情報が渡せます」
三つの依頼は、情報が著しく制限されていた。
細部は受注の後に、とばかり。
「廃村というのは?」
「すみません、それは受注の後に……」
「名前も場所も言えない、と。そんな依頼あるの?」とセイラが値切り交渉の半分ぐらいの語気で言う。
「すみません……」ミオさんはこちらが申し訳なくなるほど縮こまる。
「荷物の輸送とあるけど、荷物は何?」
「わかりません」ミオさんが控えめに首を振った。「ポスタックのある場所に届けてくれ、ということなのですが」
「ポスタックって……三日もあればいけるところじゃない」とセイラが呟く。
本当に三日でいけるかはともかく、近場ではあった。依頼するまでもなさそうだが……
「それってすぐ行かなきゃいけないんじゃ……」
「いえ。依頼によると、いつでもよいそうです」
「荷物なのに? 不気味ね」
中身もわからず、期限の指定もない荷物。運んだ品が実は盗品だった依頼の噂を聞いたことがある。
「こんなはっきりしない依頼はギルドが弾くはずじゃないですか?」
「そうなんですが……これは、依頼された方がそうお望みなので……」
望めばそうできる身分の人間が依頼主ということだろうか。
「ダンジョンの深層はそもそも危険だしな……」
「報酬は?」
「三百……」
「
「そうです」
「
ギルドでは金銀銅貨の代わりに
「まあ悪くはないよ」
「悪くないのも不気味ね」
「なーんか変な依頼ばっかり」とフィズが頬杖をついたまま言う。
ミオさんが近くによるように手招く。僕たち四人が顔を寄せ合った。
「すみません。こちらの事情があって、皆さんにはこういう依頼しか紹介できないんです……」
つまり、僕らの依頼達成を難しくするために、力が働いているのだ。
「職長?」とフィズがなぜか嬉しそうに言う。面白がっている。
ミオさんは何も言わなかった。
ダンジョン探索を受けることにし、依頼人に連絡をとってくれるように頼んだ。
今日はこんなところだろう。
僕らが帰ろうとして振り返ると、入り口に誰かが立ってるのが見えた。
「ルクス!」とその誰かが言った。
心配事の一つがやってきた。
「ザイロ」と僕はそいつの名を呼ぶ。
僕はフィズとセイラを制して、ザイロに向かって歩いていく。
「逃げ終わったのか?」と僕は言った。
「おかげさまでな。逃亡生活もおしまいだ」人の顎が狼のそれに変わっていく。唸り声が言葉の間に挟まる。ザイロも僕に向かって歩いてくる。
「また組まないか」とザイロが言う。
「それはごめんだ」と僕は答えた。僕とザイロはどんどん近づく。
そしてお互いの間合いに入る直前で立ち止まる。
ザイロは僕を噛んだ男だ。僕を
「戦わないよ」と僕は告げる。
「なんだと?」
「決闘でなんでも決めてた昔とは違うんだ」
ザイロはその姿をほとんど狼に変えている。二足歩行の狼。毛深く、太くなった左手を床につけ、今にも跳びかかってきそうだ。
ザイロはグルル……と唸った。
「てめえ、気色悪い喋り方しやがって」
「前からこうだよ」
狼化すると耳がよくなる。荒っぽくなる。本物の狼は群れを作るが、
ザイロはそのことに苦しんでいる。僕はその苦しみを知っている。
「薬があるんだ」と僕は言った。
「ああ?」とザイロは言った。喉を鳴らした。金色の瞳が爛々と輝いていた。
「狼化を抑えられる薬だ。今は一時的だけど、改良すれば、狼化そのものをなくせるはずだ。苦しみを無くせるんだ!」
ザイロは黙りこんだ。予想外の話だったに違いない。鋭い牙の間から漏れる呼気が聞こえる。
「俺がその薬を望むと?」
「え?」
「俺を否定するのか?」
僕はザイロの言葉の意味をはかりかねた。
「何を言ってる? 否定なんかしてない」
突然、ザイロの身体が跳ねた。
床の羽目板が割れる。距離が詰まる。
僕の喉を狙う鉤爪と牙を、向かってくる体全体を、僕はしっかりと捉えている。
振り下ろされる右腕。薙ぎ払われる左腕。
それらをすんでのところで躱す。
そして突っ込んでくる顎。本命だ。
僕は下がる、と見せかけ前に踏み出し、避けたすれ違いざまに首を脇に抱える。
破壊行為はできない。
だったら……
という一瞬の迷いを見逃してはくれない。抜けだすのではなく、さらに前へ。
〈
ザイロは前へ踏み出せない。風が纏わりついて、動きを阻害する。身体が浮く。
「てめえ! 邪魔しやがって!」
魔法は理不尽だ。フィズのは特に。
「セイラ! 薬を!」と僕は叫ぶ。
セイラは薬瓶を投げ、僕は捕って栓を抜く。ザイロの口を開けて流しこむ。
ザイロは気を失った。
そうなっても魔法の力で身体が浮いていた。
僕は警戒を解いて一息つく。
「ごめん……思わず魔法使っちゃった」と近づいてきたフィズが言う。
「謝ることじゃないよ。これが一番良かった」
「でも、「邪魔」って……」
「そんなの、フィズが気にすることじゃないわ」と言いながらセイラも歩いてきて僕とフィズの横に並ぶ。フィズは首を振る。
「それに、楽しそうだった」
「誰が?」
「二人とも。笑ってるわけじゃないけど、なんとなく」
そうなのだろうか?
わからない。僕はザイロが襲いかかってきたから対応しただけのつもりだった。
ザイロは人型に戻っていく。灰色の髪の青年だ。目の下に隈がありでたらめに鋏が入れられた髪、長く伸びた爪や軽い乱杭歯なんかは前会ったときよりも荒れた生活の証だった。
魔法が解かれて、床に倒れこみそうなところを僕が支えた。軽いものだ。
そうやって少しの間待っていると、彼がゆっくりと瞼を上げる。
彼はごほごほと咳きこんだ。「ルクス」と言った。
「薬はほんとにあるんだな」
僕は頷く。
「確かに凄い効果だ」
「そうだろ」
なんせ、これのためにひと月この町から離れ、結果として僕らの今回の処分につながっているのだ。それなりの効果はなければ困る。
「でも」とザイロは言い、僕の支えを振り払い、自分の足で立った。フィズとセイラを見て、それから僕を見た。
「いいよな、お前は女に囲まれて……」ザイロは言った。
「俺は空っぽになった気がするよ……」
ザイロは僕たちに背を向けて歩いていった。ギルドから出ていき、姿が見えなくなった。
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