第29話 おじいちゃんの正体を知る

「それで結局、なんで俊華しゅんかは今でも女装のままなの?」

「単に今これしか服がないんだよな。あとやっぱり女装の方が、まだ風当たりが弱い気がする。でもまあそろそろ、普通に男性用の服も欲しいと思っていたところ。……翠の最近着ている服って、どの店で買った? センスがいいよな」

「この近くにある服屋だよ。すごく優しいおじいちゃんと女性の店員さんがいるところ。この服、暑い日は涼しくて、寒い日は暖かくて、武術で人にぶつかっても、こけても、全然痛くないくらい丈夫で気に入っているんだ」

「へえ、いいな」


「まあその服、仙衣せんいだからな」

「……え?」


 それまで沈黙していた蒼蘭そうらんの突然の発言に、全員の視線が集まった。


「ん? 仙衣だろう、その服。見れば分かる。あと梓翔ししょうの腕輪も仙具せんぐだし。貴重な道具をよく見つけたな」

「へえー、梓翔の腕輪もか。二人とも、よく仙具なんて買えたな。お金持ちだ。いくらだった?」

「……腕輪は銅貨五十枚。翠の服はほう上衣じょうい、合わせて銀貨一枚」

「…………どこの店だって? 食べ終わったらすぐに案内してくれ」




*****




「おや、この前の学生さんたち。いらっしゃい」

「こんにちは、おじいさん」


 食事が終わり、四人で店に向かうと、先日の再現かというほど、記憶通りの光景が目の前に広がっていた。

 長椅子でお茶を飲みながら雑談をするご老人たち、シュンシュンと湯気を上げる茶器。かごに無造作に入れられている小物たち。


「おい、桃鈴とうりん。こないだの子達がきたぞ」

「はーい。いらっしゃい」


 おじいさんの呼びかけに、桃鈴さんが店の中からわざわざ出てきてくれた。

「あの、今まで気が付かなかったんですが、この服って仙衣なのですか」


 蒼蘭のいうことを疑っているわけではないけれど、念のためおじいちゃんにも確認する。


「おお、バレたか。ほっほっほ、まあ気が付いていなくても大事に着てくれていたようだの。服が喜んでおる」

「……このような貴重な服を、あんなに安い値段で売っていただいてよろしかったんでしょうか」


 知らなかったこととはいえ、そんなに貴重な物をあんなに安い金額で購入させてもらって、本当によかったのだろうかと心配になってしまう。



「前に言ったじゃろ。この年になって、金も時間もある。美味い飯も食べ尽くしたし、国中を回りつくした。だからこうやって後輩を育てるぐらいしか道楽がないんじゃよ」

「……あなたはもしかして……」


 私たち道士を「後輩」と呼ぶこと。そうして美味しいご飯を食べ尽くし、国中を回りつくしたという言葉から、このおじいちゃんの正体が分かってしまった。

 この人はきっと、官吏を引退した仙人なのだろう。


「桃鈴さんは、ご親戚なんですか?」

「そうなんじゃ。ワシの何世代後の子孫か忘れたがね。可愛い可愛い子孫だよ」

「それはすごいですね」


 自分の何代も後の子孫の店で、お茶を飲みながら店番をする。理想の幸せの形の一つがここにあった。


「この年になるとな、君たちのような若者が眩しくて、可愛くて仕方がないんじゃ。何か困ったことがあったら、いつでも遊びに来なさい」

「ありがとうございます!」


 おじいちゃんの言葉がとても嬉しい。その言葉に甘えて、悩んだ時、壁にぶつかった時、またここに来させてもらおうと思った。


「良いなぁ、道士様達。私も大学の入学試験、毎年受けているんだけど、残念ながら受からなくて。自信、あったんだけどなー」

「え!? 桃鈴さん、大学の入学試験を受けていたんですか!?」


 おじいちゃんの子孫である桃鈴さんの問題発言に、衝撃を受ける。


「そうなの。おじいちゃんに勉強とか、実技試験に出るような基本的な仙術も教えてもらって、結構自信あったんだけど。やっぱり甘くないね。上には上がいるのかなぁー……」

「桃鈴さん……それって、もしかしたら……」


 桃鈴さんの成績がどのくらいかは分からないけれど、仙人であるおじいちゃんから教えてもらって、自信があったというからには、十分受かる可能性があるところまで勉強をしたはずだ。

 なのに毎年落ちている。


 ――それって私と同じじゃない!?


「翠! 今はまだ余計なことを言うの止めておけ。削氷さくひょう様にお任せしているんだろ」

「……梓翔」


 確信はないけれど、桃鈴さんが試験に落ちた理由は、女性だからではないかと言おうとした私を、梓翔が止めた。


 確かに今、桃鈴さんに教えたところで、私にはどうしようもできないだろう。

 桃鈴さんにも男装しろと言うわけにもいかない。


「……そうだね」


 削氷様が任せてくれと言ってくれた。今はそれを信じよう。



「さてさて。今日は何をしに来たのかな? もちろんいつでも、お茶を飲みに来てもらうだけでも大歓迎じゃがな」


 全てを見通すような目で、おじいちゃんが言った。


「今日は友人を連れてきたんです。この人に合う男性用の服って、ありますか?」

「まあ、ステキな方。女性の服装もお似合いですね」


 桃鈴さんが俊華を見て、ため息をこぼしている。

 性格を知らなければ、傾国の麗人であることは間違いない。


「あの! 翠の仙衣はこの店で購入したと聞きました。俺にも仙衣か仙具を売っていただけませんか? ……あまりお金がないので、買えるかどうかは分かりませんが」


 武の名門の姫家の出身にしては、俊華はそこまで自由にお金を使えるわけではないらしい。……女性のような言動を止めてからも、まだ男性用の服を買っていないことから、なんとなくその様子が伝わってきた。

 梓翔や蒼蘭の方が、高価な物をヒョイと気軽に買ったりしている。


「ふーむ。答えはイエスでもあり、ノーでもある。もしも君と惹き合う仙具がこの店にあるのなら、多少値引きしてもいいし、支払いを待ってでも、こちらこそ是非買ってもらいたい。しかし惹き合う仙具がないのなら、無理に買っていってほしくない。仙具はそれほど買い替えるものではないからの。一つの仙具を大事に何年も使って、馴染ませていくものだから。まずは店内をゆっくりみてごらん」


 おじいちゃんにそう言われた俊華は、必死の形相で店内を見回り始めた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る