第30話 銀貨一枚

 仙具を買いたいと必死に店内を見て回る俊華は、ぐるぐると何度も店内を歩き回っても、特に何かを選ぶことはなく、何度も首をひねっていた。


「どうじゃ? どれか惹かれる商品はあったかの」


 どのくらい時間が経ったのか。もう十分に全ての商品を見て回っただろうと言う頃を見計らって、おじいちゃんが俊華に声を掛けた。


「……いいえ。俺には分かりませんでした」

「そうかい」


 落ち込んで俯く俊華に、おじいちゃんが優しく語り掛ける。


「だとしたら、今この店には、お前さんに合う仙具がないということだ。ただそれだけのことだ。落ち込みなさるな。いつかきっと、お前さんに合う仙具が見つかるさ」

「……そうでしょうか」


 大学で誰に邪険にされても、大学を出て行けと言われても気にする様子もなく飄々ひょうひょうとしていた俊華が、今は肩を落として項垂れている。

 それほど仙具が欲しかったのだろうか。


「それほど落ち込みなさるな。仙具というものは、生涯にそんなに何個も持つ物ではない。これという惹かれるものを、大事に使う物なんじゃ。だから無理に惹かれない仙具を持つ必要はない」

「……はい」


 一応返事はしたものの、その声はとても弱々しかった。

 

「ところでな。お前さんが持っているその剣。近くで見せてもらって良いかね」

「これですか? はい、どうぞ」


 俊華が腰にいている剣を、おじいちゃんに差し出した。

 剣術の授業でも、俊華が扱っているのを見たことがあるが、随分古そうな柳葉やなぎば剣だった。

 柄の部分は持ちやすく膨らんでいて、俊華の手にピッタリと収まっている。黒い鞘はよく磨かれているのか、いつも艶やかに輝いていた。


 美しい、静謐な空気を持つ剣だった。


「良い剣だな。とっても大切に使われている。……最近すこーしばかり、曇りがあるようじゃが」

「……そうですか」

「お前さん、もう大学で『木』の免状を取ったかい?」

「はい」

「じゃあこの剣に、お前さんの仙気を毎日よく流してみてごらん。この剣は、ほとんど仙具になりかけている」

「本当ですか!?」

「ああ。長い年月使っている道具の中には、ある日仙具になるものがあるんじゃ。これほどお前さんに馴染む武器は、この世に他にないだろう。だからお前さんに馴染む仙具を探すよりも、この剣を仙具にしてみてはどうじゃ」

「はい! やってみます。ありがとうございます!!」


 先ほどまでの落ち込みが嘘のように、俊華の表情が輝いた。

 心の底から嬉しそうに、返された剣を愛おしそうな表情で撫でている。

 それは見ていて胸が締め付けられる、切なくなるような顔だった。


「ありがとうございます。仙人様……あの」

冬雲とううんじゃよ」

冬雲とううん様。ありがとうございます」


 頬を紅潮させて素直におじいちゃんにお礼を言う俊華は、まるで幼子のように純粋に見えた。

 とても人を蹴落とそうとしていた嫌な奴と同一人物には見えない。

 競う必要がない人が相手であれば、素の俊華は本来こんな性格なのだろう。


「あの! 特別に惹かれる物は特になかったんですが、今男物の服を探していまして。普通に気に入った服はあったので、それを着てみても良いですか」

「おお、もちろんじゃ。この店は本来、子孫たちのやっている服屋だからな。ワシの紛れ込ませている仙具や仙衣のほうが、道楽のおまけじゃ。是非服をみてやってくれ」

「はい!」



 俊華がそう言って持ってきたのは、白くてフワリと広がる長袍ちょうほうと、まるで俊華の剣のような漆黒のはかまの組み合わせだった。

 袍と袴の色は白と黒で正反対なのに、同じ柄の金糸の刺繍が施されているので統一感がある。控えめながらキラキラと輝いていて、美しい。


「わー! お客様の雰囲気にとてもお似合いです。格好いいです」

「そうかな。ありがとう」


 服を着てみた俊華しゅんかの姿を見て、桃鈴とうりんさんが歓声を上げる。

 悔しいけれど、私も同意見だ。

 女装も似合っていたけれど、この服のほうが俊華らしい。女装をして味方を増やして、邪魔な生徒のことは蹴落とす俊華にではなくて。

 武の達人で姿勢が良くて、綺麗な演武を舞い、年長者相手に素直に話す――そんな俊華には、この服の方が似合っている。


「うん、気に入った。買いたいな。この服いくら?」


「銀貨一枚なります! ね、おじいちゃん」

「フォッフォッフォ」






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