第28話 翠、少し分かってしまう

 テーブルの上に運ばれてきた海鮮チャーハンと蒸し魚は、悔しいことにものすごくおいしそうだった。

 俊華しゅんかの言うことなど聞きたくなかったけれど、おススメだと知るとどうしても気になってしまい、他の卓の海鮮チャーハンや蒸し魚が輝いて見えて、食べたくなってしまったのだ。

 梓翔ししょうも悔しそうにしつつも、届いた食事を前にワクワクを隠せていない。

 ちなみに蒼蘭そうらんのためにスペアリブは頼んである。




「ところで俊華しゅんかって、なんで女性の格好をしているの?」


 いまだに同じテーブルに座る俊華に、諦め混じりに聞いてみた。

 以前までの俊華は服や髪型だけでなく、言動も女性のようだったので、自然で違和感がなかった。

 だけど青海先生に怒られてからの俊華は、服装こそ以前と変わらぬ女装だけど、言動は男性そのものになっているのだ。

 だからなぜ、今まで女性の格好をしていたのかが、気になっていた。

 もうどうせ食べ終わるまでは席を立ってくれそうにないので、いっそのこと疑問をぶつけてみた。


「ああ。俺の実家って、武の名家なんだけどさ、本家も分家も沢山いて、親戚が同じ敷地内に暮らして、その狭い社会の中でお互いに蹴落とし合って生きているんだ」

「…………」


 聞いただけで気が重くなる。そんな名家イヤすぎる。


「俺はそこの子ども達の中でずっと、武の実力も勉強も一番だった。だけど本家の許可がでなくて、学校もきょうまでしか通わせてもらえなかったし、大学入学の推薦も、してもらえなかった。……俺は母上の連れ子だったからね。母上の立場が弱いのもあって長年、蹴落とされていたってわけ。母上を一人置いて家を出る訳にもいかなくて」


 そう言いながら、俊華は切なげに眉を寄せ、腰に差した剣に手を置いた。


「だけどある日、気が付いたんだ」

「……なにに?」

「女装をしたら、ウケがいいことに。最初は親戚連中に宴会の余興でなんか踊れって言われて、嫌々女装させられたんだけど。それがものすごく好評で、まず女たちが一気に味方してくれるようになった。それと一部熱狂的な男の支持者もできて。おかげで大学の入学試験を受けるための推薦をしてもらえて、俺は今ここにいる」

「う、うー……ん……それは……」


 深いような、浅いような、意外な理由だった。

 もしも私が俊華の立場だったら、女装してまで大学に通うだろうか?

 ……そこまで考えて、ふと気が付いた。

 自分が今まさに男装してまで、大学に通っていることに。


「分かる」

「おお、翠! 分かってくれるか」

「分かる。そこまでして大学に通いたかったんだね」

「そう、そうなんだよ。あんなに息苦しい、しがらみだらけの家を出てさ。小さい頃俺と母上の命を妖怪から救ってくれた青海せいかい先生の部隊に入って、先生の役に立ちたいんだ。そしてあの頃の俺とか母上みたいな人たちを救いたい」

「俊華! 良いヤツ!」

「おい、チョロすぎるだろ翠!!」


 思わず感動してしまった私を、梓翔の声が冷静に引き戻した。


「あ、そ、そうだった! まだ怪我をした時のこと、きちんとお詫びもされてないんだからな! 第一そんな素敵な目標があるなら、どうして大学に入ってまで、人を蹴落とすような真似をするの?」

「あの時は、悪かった。本当に申し訳ない事をした。すまない。俺は大学でも、人を蹴落として上にいかないと仙人になれないものだと思い込んでいたんだ。官吏の枠は有限だからな。だから『木』の授業で好成績を収めた翠を、苦手そうな武術でやりこめようと思ってしまった」


 ――そんなことだろうとは思っていたけれど、実際に面と向かって言われると、とても腹が立つ。


「だけど青海先生に軽蔑されてしまった。部下にいらないと言われてしまった。……きっと大学では、誰かを蹴落としたところで上にはいけないんだ。大学を卒業することが恐ろしく狭き門な理由はそれなんだ」

「蹴落としても上に行けないって、それは当然のことでしょう」

「……そうか? 俺はずっと、人を蹴落とさないと上にいけないと思っていたんだが」


 何を言っているんだろうか。俊華は座学の成績がいいのに、頭は悪いらしい。


「いやだって、ここが俊華の実力だとするでしょう?」


 ここ、と言いながら、右手を大体自分の目くらいの高さに持ち上げた。


「で、もしも少し上の実力の人がいて、それを俊華が蹴落としたとして」


 左手を、最初は右手の上に持ち上げるけれど、「蹴落とす」と言いながら、テーブルの上にまで下げる。

 その間右手の高さは変わらない。


「俊華の実力は、変わってないじゃない。ほんの一歩もね」

「あ、ホントだ」


 単純なことだった。十人蹴落とそうが、百人蹴落とそうが、自分の実力は一歩も変わらない。

 蹴落とすことに夢中で、きっと成長なんてできないだろう。

 それよりも、ほんの一歩ずつでも、自分の足で登っていったほうがいい。

 自分の足で登ってさえいれば、いつか必ずたどり着く。どんなに高いところにある目標でも。


「だから人を蹴落とす暇があるのなら、教本の一冊でも読んでいたほうがマシ! 何十回でも、何百回でも読み返すの。俊華が道場を出ていったあと、青海先生が言ってたよ? 落ちても受かっても、卒業するまでずっと鍛錬を続けろって」

「あー、さすが青海先生」


 俊華の青海先生への憧れは相当なものらしい。俊華は目を潤ませて、感動していた。


「翠……ゴメンな、本当に。」

「別に。良いよもう」


 我ながら甘すぎるとは思うけど、なんだかもう俊華に対して怒る気力が失せてしまった。

 怒っている暇があるのだったら、教本の一冊でも読んでいた方がマシなのだから。






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