最終章 金色の剣

第27話 打ち上げと招かざる人

 演舞の授業が終わった後の休日、私はまた街に来ていた。

 梓翔ししょうと、今度は蒼蘭そうらんも一緒に。


 演舞の相手を蒼蘭が代わってくれたお礼をしたいと申し出たのだけど、蒼蘭はただ高度な振り付けに挑戦してみたかっただけだと言った。

 だからただ、演舞の打ち上げもかねて、たまには街で一緒に食事をしようという名目で誘いだしたのだ。


 以前削氷さくひょう様の連れていってくれたお店は、意外にもそれほど高級店ではなかったけれど、それでも学生にとっては敷居が高かった。

 代わりに、大学の入学試験の時に宿の人に教えてもらって美味しかった、大衆向けの店を選んで連れていくことにした。

 三か月間、ひたすら演舞を頑張った自分へのご褒美でもある。



「いらっしゃい! 空いてるとこに座んな」

「はーい」


 店内を歩いていくと、午前中から店にいたらしき人たちが、お茶を飲みながら団子を食べている。

 その団子が妙に美味しそうに見えて、食べたくなってしまった。


「以前ちょっと来たことがあるけれど、このお店は蒸し料理が美味しいんだ」

「お、その通り! 坊主もしかしたら大学生かい? 毎年受験の時期には、学生がいっぱいきてくれるんだよ」

「そうです! そのうちの一人です」

「受かったんだなー、おめでとさん!」

「ううっ……ありがとうございます」


 見ず知らずの店員さんの祝福の言葉に、思わず目頭が熱くなってしまう。

 大学に入れなかった三年間、とってもとっても辛かった。大変だったのだ。

 この店にいると、その時の気持ちが蘇って、泣き出してしまいそうだ。


「うえー……」

「はっはっは。泣くな泣くな! 団子やるから泣き止め」


 店員さんはバシバシと背中を叩いて慰めてくれて、厨房から団子を持ってきてくれた。

 持ってきてくれたのは、先ほど美味しそうだと思った団子だったので、少し得をした気分だ。


 太っ腹なことに、三人分のお茶と団子を運んできてくれたので、皆でそれを食べながら、ゆっくりとメニューを選ぶことにする。


「(もぐもぐ)美味しい。……蒸し料理と言えば、やっぱり飲茶やむちゃは外せないかな」

「そうだな。お、野菜炒めも良さそうだ」

「(もぐもぐ)いいね。蒼蘭は? 骨付き肉なんて、好きなんじゃない?」


 そう聞くと、蒼蘭は団子を頬張りながら、無言で頷いた。

 人虎じんこであることが関係しているのかどうかは分からないけれど、蒼蘭は肉、特に骨付き肉が寮の食事に出た時、よく嬉しそうにしているのだ。


「やっぱりスープも頼みたいよな」

「そうだね、梓翔。じゃあ、スープと……蒸しパンでいいかな。それと飲茶と、スペアリブとか……」



「分かってないなー! この店に来たら蒸し魚を食べなきゃ!」

「…………俊華しゅんか!?」


 三人でワクワクしながら何を注文するか相談していたら、いきなり不躾な声が割り込んできた。

 できれば顔も見たくない相手、俊華。ずうずうしくも、私たちのテーブルに座ってくる。


「それから蒸しパンも良いけど、チャーハン! 海鮮チャーハンのほうが断然おススメだ」

「いやお前、なんで入ってくんだよ。翠に怪我させたこと、こっちは忘れてねーぞ。どっか行け」


 梓翔が、私が言いたいことを、先に言ってくれた。


「だってこの食事会、演舞の打ち上げだろう? 俺は蒼蘭と翠の相棒だったんだから、この場にいる権利がある」

「ねーよ」


 青海せいかい先生に打ちのめされた俊華は、意外にも自主退学せず、まだ大学にくらいついていた。

 私は顔も見たくないけれど、最近は他の生徒達からも冷たくあしらわれているようだった。

 ちなみにあれほど俊華をチヤホヤしていた取り巻き達ですら、今は腫れもののように俊華と距離を置いていた。



「……俺さ、青海先生に言われて、決意したんだ。心を入れ替えようって。心を入れ替えたら、いつか青海先生も武術の単位をくれるにちがいないって」

「そうかなあ……」


 確かに青海先生は、俊華の心が別人に入れ替わりでもしない限り、絶対に落第させると言っていた。

 心を入れ替えたら免状をくれる……という意味にも取れるのだろうか?

 私は絶対に免状を与えないという意味にとったのだけど。


「それでどうして、俊華が僕たちについて来るんだよ」

「それは君たちがお人よしだから……」

「帰れ」

「イヤチガウ! ゴメン言い方悪かった! えーっと。心を入れ替えて、じゃあ一体どんな奴になればいいかって、俺なりに考えたんだよ。そうしたら君たちの顔が思い浮かんだっていうわけ」


 ずうずうしくも、ズシリと座ったまま動かない俊華。

 学校でも「早く学校から出て行けよ」なんていう言葉を誰かから掛けられているところを見た事があるけれど、俊華は気にした様子もなく図太く居座っている。



「他の生徒の中にもさ、俺よりも卑怯な奴は山ほどいる。蹴落とし合いなんて、大学では普通の、よくあることのはずなんだ。だけど青海先生は、そいつらには注意をしない。けれど免状も与えなかった。……俺にはあれだけ注意しておいて」

「それは俊華が、僕に怪我までさせたから……」

「演舞の授業で、他に怪我人が出なかったとでも思ってるのか?」

「え……」

どういう意味だろうか。

 つまり他にも、誰かに怪我をさせて蹴落としたような奴が、いたということだろうか?


「だからさ、青海先生は、俺を諦めていない。忠言してくれるくらいには、望みを持ってもらえているって思うのさ」


 そんなに虫のいい話があるのだろうか。私にはそうは思えなかった。


「頼むよ。俺は本当に、仙人になって、妖怪退治の部隊に……青海先生の隊に入りたいんだ。だから君たちと一緒にいさせてくれないか」

「……やっぱり嫌」


 しかしそれとこれとは話が別で、私が俊華の顔も見たくないことに変わりはないのだ。





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