第22話 梓翔に感謝する

「じゃあこれで」


 銀貨一枚なら自分で買えると喜んでいた横で、梓翔ししょうがさっさとお財布から銀貨を取り出してしまう。


「梓翔。だから、僕が自分で払うよ」

「分かった。じゃあ俺も欲しい小物があるから、すいは俺にそれを買ってくれ。代わりにこの衣裳の代金は俺が払うから。それでいいな?」

「……小物って?」

「ちょっと待ってろ」


 梓翔はそう言うと、いったん店の扉から外に出て、すぐにまた戻ってきた。

 手に腕輪を持って。

 店の前の卓に置いてあったかごに、ジャラジャラと入っていた小物のうちの一つだろう。

 金属の腕輪で、中心に大きくて丸い紅色水晶が嵌めてある。


「これだ。店に入る時、なぜか目を惹かれて気になっていたんだ」

「……おじいちゃん、これいくらですか?」


 店の外の籠に入っていた小物が、そんなに高額な訳はないだろうと思いつつ、おじいちゃんに値段を聞く。


「お前さん達は本当に、見る目があるのう。運がいいと言うかなんというか。……店の前の籠の中にある小物は、全部同じ値段で銅貨五十枚じゃ」

「五十枚」


 銅貨が二百枚で銀貨一枚なので、この腕輪は私が買おうとしている衣裳の四分の一の値段ということになる。

 交換条件にしては到底釣り合わない。


「じゃがな。籠の中に一個だけ、お遊びでお宝を忍ばせておいたんじゃ。果たして誰が持っていくかを楽しみにな。そのお宝が、その腕輪というわけじゃ」

「どうりで。この紅水晶が銅貨五十枚じゃ、安すぎると思った」

 おじいちゃんの言葉に驚いたのは私だけのようで、梓翔は腕輪の価値をなんとなく分かっていたらしい。


「本当の値段は金貨一枚じゃ」

「金貨一枚!?」


 思わず叫んでしまう。金貨一枚といえば、一家の大黒柱が一年で稼ぐ金額と同じくらいの額だ。そんなものがなぜ、店の前の籠の中に無造作に入れてあったんだろう。


「ふぉっふぉっふぉ。そう、その驚いた顔が見たかったんじゃ。久しぶりに楽しませてくれるのう。で、買うのかい? 銅貨五十枚で」

「では翠、頼む」

「え? え?」


 頼むって……? 梓翔は自分で腕輪を買わないの? こんなに貴重な腕輪を格安で売ってくれるのだから、自分で買えば良い話ではないのか。


「えっと、僕が自分の服を買うから、梓翔は自分で腕輪を買えば?」

 私は自分の衣裳を買うお金ギリギリしかない。腕輪と両方買うことはできない。


「いや。俺が翠の衣裳を買う代わりに買ってもらう、交換条件のつもりだったからな。元々自分じゃ買わなかっただろうし。翠が買ってくれないんだったら、諦めるよ」

「なぜ!?」


 ちょっと訳が分からない。なにがどうなって、そういう理屈がでてくるのか。

 こんなにお買い得な腕輪を買わないなんて、もったいなさすぎる。

 それよりもなによりも、この腕輪は梓翔に「ピッタリ合っている」のに!!


「因みに、その衣裳も本来なら金貨一枚ずつの価値がある。これも道楽お宝商品じゃ」

「そうなんですか!?」

「この年になって、金もあって、時間も余っているとな。こうやって後輩を育てるぐらいしか道楽がないんじゃ。まあ運命だと思って、受け取っておきなさい」

「おじいちゃんの後輩って……ああ、そういうことかー道理で」


 後輩? 後輩とはなんのことだろう。おじいちゃんと桃鈴とうりんさんの言った言葉が妙に気になった。

……きっと人生の後輩とか、そういうことなのだろうけれど。


「さあ、お嬢さん。おじいちゃんの気が変わらないうちに、買っちゃった方が良いんじゃない?」


 ニコニコと笑う桃鈴とおじいちゃん、そして梓翔の迫力に負けて、結局私が梓翔の腕輪を買い、衣裳は梓翔に買ってもらうことになってしまったのだった。




*****




 買ってもらったばかりのほうを着て、街中を歩く。

 華やかな服を着ていると、なんだか気持ちまで華やかになる。まるで雲の上を歩いているような気分だった。

 もしも大学の関係者にこの格好を見られても、少し華やかな袍を着ているだけなので、女だと疑われることはないだろう。


「ねえ、梓翔」

「んー?」

「ありがとう。すごく嬉しい!」

「……」


 自然と笑顔が溢れてしまう。

 こんなに素敵な衣裳を買ってくれたというだけじゃない。

 勉強から連れ出してくれて、店までついてきてくれて、一緒に素敵な衣裳を見つけてくれた。

 自分一人で買い物をしていたら、絶対にこの服に出会えることはなかっただろう。


「梓翔?」


 お礼を言ったけれど、なぜか梓翔からの返事がない。それどころかなぜか私とは反対側に顔を背けてしまって、その表情が見れない。


「ごめん、ちょっと待って」

「? はい」


 何を待つのか分からないけれど、待てと言われたので大人しく待つことにした。




 しばらく二人で無言で街を歩く。

 もうすぐ昼時だ。寮に帰れば食事が出るけれど、せっかく街に来ているのだから、街のお店で何か食べたいなと思った。

 梓翔を誘ってみようか。


 横を歩く梓翔をチラリと見るけれど、まだ顔を背けている。

 唯一見える耳が、赤く染まっていた。

 くしゃみでも我慢しているのだろう。



 そんな感じで、目的もなく歩いていると、前方から歩いて来る人たちの中に、見覚えのある顔を見つけた。

 故郷のムラでたまに見た顔だ。懐かしい。私のことを覚えていてくれるだろうか。


「翠玲!?」

「削氷(さくひょう)さま……」


 私が声を掛けるよりも速く、相手から声を掛けてくれた。

 ――覚えていてくれたのね。嬉しい!!



「翠玲、お久しぶり。大きくなりましたね」

「最後にお会いした時にはもう、私はこの大きさでしたよ? 削氷様、お久しぶりです」

「そうですか? ついつい小さい頃の記憶が強くて。会えて嬉しいです。翠玲はどうしてここに? もしかしたら、今大学に通っているのですか」

「あ、はい! そうなんです。でも削氷様。お願いがありまして……」


 懐かしい顔に興奮してしまって、一瞬忘れていたけれど、私は今大学で「すい」という男子生徒ということになっている。

 どこに大学関係者がいるとも分からない街中で、「翠玲すいれい」と女性名を呼ばれると困ってしまう。


「実は私、今男性のフリをして大学に通っているんです」

 周りに聞こえないように、できるだけ小さな声で伝える。


「……うん? なぜそんなことに……」


 一瞬で空気が凍る。削氷様が笑顔のままで怒っている。怖い。

 この人は優しい外見とは裏腹に、怒らせるととっても怖いのだそうだ。私は怒っているところは見た事はなかったのだけど。


「実は私、大学の入学試験に三回も落ちてしまったんです。三回目に落ちた時、職員さんたちが『女性用の寮がないから、女性は落第させる。合格基準に達した女子もいたけど、可哀そうに』と話しているのを聞いてしまったんです。それで次の年に男のフリをして受験をしたら受かることができて……」

「なん、です、って!?」


 顔はニコニコした表情をしているものの、削氷様の目は笑っていなかった。


「翠玲、お昼ご飯はもう食べました?」

「いいえ、まだです」

「では一緒に食べましょう。ゆっくり話を聞かせてください」

「あー……はい」



 もしかしたら私は、何かまずいことを言ってしまったのだろうか。



「それで? そちらの君は、一緒に来ますか?」

「……行きます」



 いつのまにか普通に戻った梓翔がすぐ隣にいて、削氷様の言葉に妙に力強く頷いたのだった。





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