第21話 故郷の服に逢う
「いらっしゃい! こんにちは」
お店に入ると、若い女性の明るい声が出迎えてくれた。
「この子の服を探しているんだ。今はどんな服が流行ってる?」
自給自足だった私のムラと違い、郷の中心あたりに住んでいた梓翔は買い物の仕方を心得ているのだろう。
「そうね。今お嬢さんが着ている
「へえ。いいな、
「あら、演舞で着るのね」
梓翔と店の女性の話がどんどん進んでいってしまうので、慌ててしまう。
そんなヒラヒラとした女性用の服を着ては、大学で女だとバレてしまうかもしれない。
「あ、あの!」
「なあに?」
店員の女性に、私は男なんです……と言おうと思ったけれど、止めた。
勉強に必死な大学の生徒ならともかく、衣服に詳しい女性相手に、騙せる気がしないからだ。
「わ、私は男性のような服が好きなんです」
そこで考えて、男性のような服が趣味だと言う事にした。それならば男物の服を買っても、怪しまれることはないだろう。
「まあ、男装ね! 最近そういう子多いわよね。あなたも、きっと似合うわ」
「え、男装が流行っているんですか」
男性のような服が着たいだなんて言ったら、驚かれるかと思いきや、意外にも今、男装をする女性が多いのだと言う。
全く知らなかった。
でも思い返してみれば、街を歩いている時、男物の服を着て颯爽とあるく女性をちらほらと見かけた気がする。
「そうよ。夫の服を着ることが流行ったことがきっかけでね。だからあなたの場合、隣の彼氏の服を借りても良いと思うけど……」
「か、彼氏じゃありません! 演舞で一緒に踊るだけです」
「……」
突然梓翔を彼氏と言われ、ドキリと焦ってしまう。
隣を見ると、梓翔も真っ赤になって無言でうろたえていた。
「あらあら、そうなの。で、女性も
「うわー……素敵」
店の女性が広げてくれたのは、美しい刺繍が施された上衣だった。
最近の女性は華やかな服を着ていて、中には胸が強調されるような形のものを着ている人もいる。
そんなものを着れば、一発で私が女だということがバレてしまうだろう。
対してこの上衣はフワリと体を覆ってくれて、上品で、花柄の刺繍や組み紐が華やかだった。刺繍の柄の雰囲気が、故郷でよくみた衣服の柄によく似ている。
しかも花が木に咲いている柄なところが、私が得意な「木」の仙気に合っている気がする。
店の外のおじいさんが、山東地方から仕入れることが多いと言っていたので、この服はきっとそれなのだろう。
「その上衣、いいな。刺繍の柄もなんだか懐かしいし。着てみたらどうだ」
「うん」
梓翔にうながされて、上衣を羽織ってみる。
――すごい、ピッタリ。
着心地が良いとか、似合うとか、それだけじゃない。
私の「気」に何かがぴったりとハマった。
「素敵……あなたにピッタリだわ。ちょっと待ってて! その上衣と同じ柄の刺繍が施された
女性がさらに持ってきてくれた袍を見る。
持ってきてくれた
上衣とお揃いの花の刺繍がしてある。
このくらいの飾りならば、普段大学でも着ることもできるかもしれない。
「……これ、いくらですか」
私はすっかりこの袍と上衣が欲しくなってしまった。
きっと高価だろうけれど、袍は普段も着られるし、上衣はよそ行きにもできる。
長く大切に着ることができるだろう。
だけど刺繍の細やかさや上品さからみて、とても高級そうだと思った。
「そうね……二枚とも買うと銀貨二枚なのだけど」
「銀貨二枚……」
逆立ちしても手が届かないとは言わないけれど、足りない。今まで貯めたお小遣いを全部足しても、銀貨一枚あるかないかだ。
「では上衣か袍、どちらかだけを買うことはできますか? ……銀貨一枚で」
「もちろん、できるわ。どちらにする?」
「どちらもだ。俺が払う」
一枚は買えると聞いて安心していたら、梓翔がとんでもないことを言いだしたので驚いてしまう。
「梓翔、そんなわけにはいかないよ。幸いどちらか一枚でも売ってくれるって言っているし。上衣の方を買って、出かける時に着ればいい」
「俺が衣裳を買おうって言い始めたんだ。最初から俺が払うつもりだった。演舞で衣裳は意外と重要だからな。相方の衣裳が華やかで演舞の出来がよくなれば、俺の評価もよくなるだろう。演舞の授業で俺が有利になるために、俺が買うんだ。文句あるか」
「文句あるかって……上衣を羽織れば、中の服はそんなに見えないよ。だから演舞の時も、上衣だけで十分!」
文句などあるに決まっている。
私が女だと唯一知られている梓翔には、普段からお世話になりっぱなしなのだ。
このうえ衣裳まで買ってもらうわけにいかない。
「おじいちゃーん。ちょっと来て。面白いことになっているから。このお客さんたち、おじいちゃんが混ぜた商品を買いたいみたい」
その時店の女性が、外のおじいちゃんを大声で呼びだしてしまった。
面白いこととは、なんだろう。
「ほいほい。どうした、
「見て。この服、この子にピッタリでしょう?」
「ほーう、驚いたな。誂えたようにピッタリだ」
桃鈴と呼ばれた女性とおじいちゃん達にそう言ってもらえて嬉しかった。自分でもこれ以上合う服はないというくらい、ピッタリだった。
なんというか、箱に荷物がピッタリと収まるような。
組み木細工がハマり合うような、なにかを感じる。
「ふーむ。山東地方の出身だと言ったな。ではこの服は、お前さんと出会うためにこの店にきたのかもしれないな」
「そうとしか思えないわよね。おじいちゃんは銀貨二枚で売れっていっていたけど……」
「これほど惹き合っているのを離すのは可哀そうだな。上衣と袍、二枚合わせて銀貨一枚でいいぞ」
「本当ですか!?」
銀貨一枚なら私でも買える。
袍も買えるのなら、大学でも毎日のように着ることができる。
なんの飾りもない、染めてもない麻の袍を着て生活することは、仕方がないこととはいえ、やっぱり少し苦痛だったのだ。
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