第20話 梓翔と衣裳を選ぶ
とある休日、私は
大学は国の中心にあるので、すぐ近くには国一番の街がある。
入学して以来休日も勉強か術の練習ばかりしていたので、街を歩くのは浪人時代以来といってもいい。
授業についていくのにやっとの状態であるにも関わらず、なぜ街をうろついているのかというと、梓翔に、演舞の披露の時に着る服を選ぼうと誘われたからだった。
「……梓翔。衣裳なんて、なんでもいいんじゃない?」
「まあ良いと言えばいいんだけどな。毎年キチンと衣裳を考えてくる生徒も多いらしいぜ。俊華も張り切って、わざわざ仕立て屋に特注しているとか言っていたな。蒼蘭はいつも何気に良い服着ているし、その中から適当に、見栄えのする服を選ぶんだったか」
「僕もいつもの服でいいと思うんだけど。衣装を豪華にしても、演舞の内容が悪ければ意味がないじゃない? 服を選ぶ時間があるならその分練習したい」
「いつもの服って、その地味な麻の服だろう? 豪華絢爛な絹の衣装を着ろとは言わないから、少しよそ行きにできるくらいの服は着よう」
そう言って押し切られてしまったのだ。
押し切られた形とはいえ、本心では少しこの買い物が楽しみでもあった。
入学以来ずっと勉強ばかりで息が詰まっていたので、街を歩けることが嬉しいし、男物の服だろうと、久しぶりに華やかな格好ができると思うと嬉しかった。
――お金、足りるといいな。
幸い大学にかかる費用は、全て国が負担してくれる。授業料はもとより、教本も全て貸し出してくれるし、勉強に必要な紙や墨の支給までしてくれている。
しかも寮で出される食事は全て無料。
それだけ将来の官吏を育てることに、国を挙げて力を入れているのだ。
だから生徒が払う必要があるお金と言えば、それ以外の娯楽費用、酒や甘味、服や靴などくらいだろうか。
服や靴は卒業する先輩が古着を置いて行ってくれたりするので、大学に通っている間、最悪お金が全くなくても暮らしていけるのだ。
私の場合、ムラの両親から、身の回りの物を買いなさいといって、少しお小遣いが送られてきていた。
今まで使うことはなく貯めていたけれど、これで足りるだろうか。
――布はとても貴重なので、服は高額なのだ。
ワクワクと少しの不安を胸に、あたりを見渡しながら街を歩く。
大学の入学試験を受けに何度か来たことがあったけれど、学生用の安い宿に泊まって、教えてもらった近くの店で食事ドキドキしながら食事をしたくらいで、服屋など見ることはなかった。
そもそも村では自分たちで
梓翔だって、県の中央の街に来た経験などそれほどないだろうに、なぜか自信ありげに迷いなく通りを歩いていく。
「見てみろよ、翠。あの店なんて雰囲気良さそうじゃないか?」
梓翔が指さした店を見る。
こじんまりとした店で、外に出した卓の上には、手頃に買えそうなちょっとした小物や装飾品が置かれている。
それらの可愛い小物類に釣られて店に近づくと、入り口付近に並べられた色鮮やかな衣服が目に入ると言う寸法らしい。
更に店の外に長椅子と囲炉裏まで出されていて、お年寄りたち何人かが談笑しながらお茶を飲んでいた。
茶器からシュンシュンと湯気が上がっていた。
なんだか故郷のムラで、のんびりと過ごす仙人たちのことを思い出す。この店ならば確かに、落ち着いて買い物ができそうな気がした。
私たちが近づいていくと、長椅子でお茶を飲んでいたうちの一人、おじいちゃんが話しかけてきた。
「こんにちは。お茶を飲むかい?」
「ありがとう」
服を見る前に、お茶を勧められてしまう。
梓翔が物怖じすることなく応えた。
「山東地方で採れた茶だよ」
「おお、俺たちの故郷だ。それでなんだかこの店に惹かれたのかもな」
おじいちゃんは、シュンシュンと湯気を出していた金属の急須を布で掴み、お茶を淹れてくれた。
確かに故郷で飲んでいたお茶と、同じ匂いだ。
「そうかい。ワシには山東地方に知り合いが沢山いてね。服も大半がそこから仕入れているんだ。今日はどんな服をお探しで?」
「こいつに似合う服を探しにきた。あまり派手過ぎず、普段にも着られる服が良い」
「ふんふん。似合う服だね」
おじいちゃんが優しく笑った。
「親戚の娘が店番をやっているから、色々と相談するといい」
「……じいさんは店番じゃないのかい?」
「ほっほっほ。ワシはとっくに引退しておるよ。まあヒマだから、こうしてお茶を飲みながら、フラフラ近づいてきた客に茶を飲ませて、引き留める役を買って出ているがね」
「しまった。まんまとやられたな」
街の服屋など初めてだったので、どんな店なのだろうかと不安だったけれど、まるで故郷のムラでお茶を飲んで雑談している仙人様たちのような、穏やかな雰囲気にホッとした。
この店ならば、落ち着いて買い物ができそうだ。
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