三章 演舞
第17話 「演舞」の授業始まる
大学で学ぶ単位は大まかに、座学、仙術、武術の三つで構成されている。
もちろんその他にも
そのうち私は、武術が飛び抜けて苦手だった。
座学はひたすら勉強すればいいし、仙術はムラで仙人たちに教えてもらっていた強みがある。しかし武術は、大学に入学するまで本格的に教わったことがなかった。
こんなことなら仙人たちも、武術の稽古もつけてくれていればよかったのにとついつい恨めしく思ってしまう。
そんなわけで、入学した当初から、武術の授業には苦戦していた。
しかしこれからしばらくは、武術の授業で演武・演舞をすると聞いて、少しホッとしていた。
演武とは武術の成果を披露するものだけど、その武術の成果を舞いの振り付けに組み込んで、踊りながら披露するというのが今回の授業の内容だ。
演舞であれば自分よりも体格の良い男性と組み手をする必要もないし、他の生徒たちも慣れない者が多そうなので、ついていけそうだと思ったのだ。
「ではこれから三か月後に演舞を披露してもらうことになる。二人一組になって、振り付けから自分たちで考えるように。今までの授業で教えてきた武術の基本の型を、五つは組み入れること。習っていない武術の型でも組み入れて良い。上手くかみ合っていると判断すれば加算になる」
武術の教師は、
仙人とは外見の年齢と年齢が離れているものだから実年齢は分からないが、逞しい壮年姿の男性で、竹を割ったような気持ちよい性格なことから、生徒達からとても慕われている。
「それじゃあまずは、二人組を作ってくれ。ちょうど偶数だから余りは出ないはずだな? 余ったら一人、俺と組むことができたんだがな。はーっはっはっは」
豪快な笑い声に、生徒たちの空気が和む。
もしも組む相手がいない余りの生徒が出れば青海と組めたかもしれないと聞いて、悔しそうにしている者も多かった。
――二人組かぁ。
三か月間一緒に相談をして、練習をして、一つの演舞を作り出す。
一緒にいる時間が長ければ長いほど私が女だとバレる可能性も上がるし、体に触れる振り付けをする必要も出てくるかもしれない。
どう考えても
蒼蘭はその身体能力の高さから、武術でも生徒たちの中でトップクラスだ。
ほぼ最下位の私と組んでもらうのは忍びないし、実力が違い過ぎて一緒に舞うのは難しいかもしれない。
その点、梓翔は私と同じく今まで勉強しかしてこなかったので、武術は苦手な方。
できれば梓翔と組みたいな……と道場の中を見渡した。
ちょうど梓翔と蒼蘭は同じあたりにいて、目線で合図を送ってくれる。
さっそく二人のいるあたりへ移動しようとしたその時。
「翠! よかったら僕と一緒に組もうよ」
誰かにがっしりと腕を掴まれた。
「……
一体誰だろうとその顔をみると、そこには意外な人物、女と見紛うほど美麗な男子、
黒くて艶やかな長い髪を一筋垂らした彼は、いつも華やかな女物の
男性だらけの大学で、女性のような外見の華やかな俊華はとても人気者だった。
皆もちろん男性だと分かっていながら、俊華を特別扱いすることによって、やる気を出しているらしい。
気持ちは分かる。
私もどこを見ても男しかいない中で、華やかな衣を身にまとった美しい俊華を、よく遠くから眺めて楽しませてもらっているから。
俊華の周りによくいる友人たちも、分かっていて俊華をお姫様扱いしているのだ。
しかしそんな女性顔負けの美しさの俊華だけど、実は出身は武の名門である
既に仙人である蒼蘭と並ぶほどの、武術の達人なのだ。
「いや、嬉しいけれど。でも俊華と僕とでは、実力が違い過ぎる。合わないんじゃないかな」
「いいからいいから! 僕の実力なら、誰と組んでも絶対合格するから。……翠ってなんだか、変わっているっていうか。目立ってるじゃない? 一度ゆっくりお話ししてみたいなって思ってたんだ」
「そう……かな?」
確かに俊華の実力ならば、誰と組んでも少なくとも俊華は合格するだろうけれど。
組む相手が俊華に全然ついていけなかったら、ちぐはぐでおかしな演舞にならないだろうか。
「翠、どうした?」
「あ、梓翔。蒼蘭も」
俊華と話しているうちに、梓翔と蒼蘭のほうから近づいてきてくれた。
「実は俊華から組もうって誘われていて……」
助けてくれーという気持ちを込めて、主に梓翔のほうを見つめる。
その気持ちが通じたのか、梓翔は任せておけというように、小さく頷いてくれた。
「俊華と翠じゃ、実力が違い過ぎるだろう。翠は俺と組んで、俊華はもっと武術が得意なヤツを誘ったらどうだ? 蒼蘭とか。な! 蒼蘭、お前はどうだ?」
「…………別にそれで構わないが」
少しの沈黙の後、蒼蘭も同意した。
なんだか気を遣ってもらったみたいで申し訳ないが、三か月も一緒に課題に取り組むことになるのだから、実力も違えば人柄もよく分からない俊華と組むより、梓翔と組めたらとてもありがたい。
後で蒼蘭と梓翔には、なにかお礼を考えなければ……。
「大丈夫だよ! 僕、演舞の振りを考えるのも、とっても得意なんだ。実力差があってもきちんとまとまるように考えて作るよ。ね! お願いだよ、翠」
梓翔と私、俊華と蒼蘭という組み合わせがどう考えても自然なので、それで決まりそうだと思ったのは一瞬で、意外にも俊華はひかず、粘られてしまう。
「俊華。どうしたんだ?」
「翠に僕とは組みたくないって言われちゃって」
「なんだって!?」
中々相手が決まらない私たちの周りに、俊華と仲が良い生徒たちが集まってきた。
普段俊華をお姫様扱いしている人たちだ。
悲しそうな俊華を見て、ジロリと睨まれてしまう。
「いや、組みたくないわけじゃないんだ。実力が……」
「よかった! 組みたくないわけじゃないんだね! 安心したよ。じゃあ決まり! 先生に報告してくるね」
「え! ちょっと待って俊華……」
止める間もなく、俊華は先生の方へ、私と組むと報告しにいってしまった。
先生に訂正に行くなら、今すぐ行かなければ。時間が経ったら事が大きくなってしまうだろう。
――だけど、俊華はちゃんと実力差を考えた演舞を作れるっていうし……。
「なんだあいつ。ちょっと俺、訂正してくるわ」
「梓翔! やっぱりいいよ」
先生に訂正しにいこうとまでしてくれた梓翔を、とっさに引き留めてしまった。
「俊華は実力差を考えた演舞を作ってくれるって言うし。よく考えてみたら俊華と組んだら、僕も勉強になるかもしれない。三か月間、頑張って俊華についていってみるよ」
「……翠は本当に、それでいいのか?」
「うん!」
実は心の中は不安でいっぱいだけれど、梓翔と蒼蘭にばかり頼ってばかりもいられない場面が、これからいくらでも出てくるだろう。
それにせっかく私と組みたいと言ってくれたのだから、全力でそれに応えてみようかと思ったのだ。
「……分かったよ。てことで蒼蘭。他の奴らはもうほとんど相手が決まっているみたいだし、俺と組むってことでいいか?」
「ああ」
先ほど俊華と組みそうになった時とは違って、蒼蘭が嬉しそうに返事をした。……気がする。
あからさまに笑顔ではないけれど、先ほどとは違って空気が柔らかい。
蒼蘭と梓翔は特に仲がいいわけではないけれど。なんとなく、なんとなくだけれど、蒼蘭は梓翔のことを信頼しはじめているのかもしれないと思った。
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