第15話 幻影を見た者

 いつ先生から呼び出しがあり、大学を追い出されるだろう。

 他の生徒たちは、もう私が女だということを知っているのだろうか。


 そう不安でいたけれど、飛宇にバレた日から、何事もなく三日間が過ぎてしまった。

 そろそろ緊張感も途切れてしまいそうだ。

 ……あの日から、飛宇の姿も見かけなくなった。


「そういえばさ、飛宇の奴、ここ何日か見かけなくないか?」


 同じ教室の誰かの声が聞こえて、思わず耳を澄ませる。

 私が座っている籍よりも大分離れた前の方の席に座っている、飛宇とよく話をしていた生徒達だ。

 まだ先生が来ておらず、ざわついている教室の、遠くの方の会話だったけれど、ここ数日飛宇を警戒していたせいか「飛宇」という言葉だけが浮き上がるようにして、耳に飛び込んできた。


「大学辞めたそうだぜ」

「え、なんでだよ。やっぱり『木』の授業のせいか?」

「どうだかな。同室の奴によれば、飛宇が『虎に食い殺された』って、うわ言のようにつぶやいていたらしいけど」

「いやいや、食い殺されたなら、なんで生きてんだよ。大学辞めたって……死んでたら辞められないだろ」

「ははは。ちょっと最近、翠にわけわかんないこと言って絡んでいたし、追い詰められておかしくなっていたのかも」

「ああー、そうかもな」



 ――『虎に食い殺された』? もしかしたら蒼蘭がなにかした? いや、でも生きているんだから、飛宇の妄想なのか……。


 確かに最近の飛宇はおかしかった。

 普通ならいくらなんでも、私のせいで「木」の授業を落第したというのは、おかしいと自分でも気が付くはずだ。

 その証拠に、飛宇以外の落第した生徒たちは、最初のうちこそ飛宇の悪口に乗っかって、私がニセの情報を話してきたせいで調子を崩したとかなんとか言っていたようだけれど、他の合格者の人たちにおかしいと指摘されて、すぐに何も言わなくなった。


 ――助かった……のか?



 密かに安堵する。体中から、力が抜けてしまったようだ。

 




 そういえば最近、「木」の免状を貰った生徒たちに、明らかな変化が起きていた。

 仙気の量が増えており、それに伴って使える仙術の種類がどんどん増えていっているのだ。


 「木」の授業に落第した者は桃の木を返却して、同調していた仙気を切断したらしいけれど、合格した生徒達にはそのまま育てるようにと渡された。

 これからも引き続きどんどん、桃の木に仙気を流すようにとの注意と共に。


 桃の木に仙気を流し、循環することによって、仙気が体中を巡る流れ、「道」が、どんどん大きくなっていくらしい。

 あの桃の木は、人間が仙人の体になるために、必要な仙具なのだそうだ。


 私も得意な「木」の力以外の仙気も、どんどん目覚めていくことを感じていた。

 体の中の、仙気が巡る「道」は、一度作られたらなくならない。

 完全に全ての「道」が開ききったら、桃の木は役目を終えるらしい。




「あのさ、翠」


 少し行儀悪く、脱力していた私に、偶然隣の席に座っていた生徒が話しかけてきた。

「ん、なに?」

「今までずっと言えなかったんだけど、あの時「木」の忠告をしてくれてありがとう。おかげで俺は「木」の免状を取れた」


 よく見れば、その生徒は私が木の秘密を話した後、「へえ、そうなんだ」と興味なさそうに行ってしまった人だった。


「忠告してくれた後さ、言われたことが信じられなかったんだけど。でも何やってもどうせダメだったから、試すだけ試したみたんだ。……驚いたよ。仙気を思いっきり流すだけで、すぐに体調が治ったんだから」

「そうなんだ」

「ずっとお礼を言わないとと思っていたんだけど。……飛宇の奴が恐くて、言えなくて。……情けなくて、ゴメン」

「いや、気にしないで。……さっきの話、もしかして君も聞いてた?」


 先ほどの飛宇についての会話は、ここから離れた席でされていて、よほど耳を澄ませないと聞こえなかったはずだ。

 だけどなんとなく、このタイミングで飛宇のことを話題に出したということは、この人も聞いていたような気がして。


「あ、バレた? やっぱりあいつのこと気になるよな。あ、待って俺すごい格好悪い。飛宇がいなくなったと分かった途端に安心してお礼言ったみたいじゃないか。……いやその通りなんだけど!」

「ははは」


なんと梓翔の他にも、あの忠告を聞いて実行してくれた人がいたらしい。

 よかった。話した事は無駄ではなかった。


「皆周りの奴とは競い合っていて、人を助ける余裕なんてなくて、甘い考えでいたら蹴落とされるっていう雰囲気だけどさ。翠とか梓翔とか、あと普段は離れているけど蒼蘭も。君たちは協力し合っている感じがして、前からすごく羨ましかったんだ。とても図々しいかもしれないけど、たまにで良いから、僕もその仲間に入れてくれないか。もちろん僕も、信頼してもらえるように、頑張るから」

「もちろん! 大歓迎だよ」



 ――無駄ではなかった。

 もう二度とお節介を焼かないと一度は心に決めていたけれど……怖い気持ちもあるけれど。

 だけどこうやって信頼できる相手が一人でも増えるのなら、またお節介を焼いてみても良いのかもしれない。






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