第14話 露呈
「おい、行こうぜ。あいつがいたら飯がまずくなる。あんな変な木で合格できるなんておかしいだろう。あいつだけなにか、仙医から特別な情報を得ていたって話だぜ?」
「……まあ確かに。あんな天井を突き破るような木で、普通合格できるわけないよな」
私が食堂に入ると同時に、
「木」の授業の判定日以来、私は飛宇に度々絡まれていた。
裏では、私が余計なニセ情報を流したせいで、「木」の免状を逃した者が沢山出たという陰口もたたかれているらしい。
私が声を掛けて木の秘密を話した相手は、体調を崩している人だった。
そしてその人たちのほとんどが、落第をした。
だから私がニセ情報を流して、ライバルを蹴落としたと信じている生徒も結構いたらしい。
「木」の免状を取得できて、先生から個性の話を聞いた生徒たちはそれが間違いだと分かっていてくれることは救いだけれど。
飛宇は食べかけの食器の載った盆を持ち上げて、なぜか食器を下膳する場所には真っ直ぐ向かわず、少し遠回りをして、私のほうへと向かってくる。
「……おはよう飛宇」
ドン!
挨拶を無視するどころか、肩でわざわざぶつかって通り過ぎていく。
「痛たた……」
あやうく倒れるところを、なんとか片足を踏ん張ってとどまった。
蒼蘭はいつも通り朝早く部屋を出ていて既にいなかったし、梓翔はまだ食堂に来ていないようだ。
大体私が一人でいる時を狙って、飛宇は絡んでくる。
――私のことが嫌いなら、わざわざぶつかりに来なければいいじゃない!!
もう二度とこちらから挨拶をしないようすると心の中で誓った。
食べ終えて授業へ向かう途中の路で、前方にまた飛宇の姿が見えた。
次の時間、飛宇は私と別の授業を受講しているはずだ。
本来この時間にこの場所にいるのはおかしい。
きっとまた私に何か文句を言うつもりだろう。こうなるともう、完全に八つ当たりだ。
飛宇の待ち構えている道を通らなければ、次の授業の教室にはいけない。
せめてできる限り距離を置いて、すれ違おうとした。
「おい! 待てよ翠!!」
それなのに、飛宇に距離を詰められ腕を掴まれてしまう。
「痛い! 離してくれ!!」
「うるせぇ! こっちはお前のせいで必修科目を落としたんだぞ! 知らない振りしてんじゃねえよ!」
「違う! 僕のせいで免状を落としたと言うんだったら、君は僕の忠告したことを実行したのか!? していないんだろう!? それなのになぜ僕のせいで落第しただなんて思うんだ」
必死で言い返すと、一瞬飛宇の動きが止まる。
私の忠告を実行しなかったというのが図星なのだろう。実行していれば、落第するはずはないのだから。
「ど、どこまで人をバカにしやがるーーー!!」
「やっ……」
少しの間動きを止めていた飛宇が次の瞬間、激高したかのように大声で怒鳴った。
そして腕を掴んでいないもう片方の手で、私の胸ぐらを掴もうとした……サラシで抑えつけている胸に、一瞬激痛が走る。
――しまった! うう、痛い……。
押さえつけているとはいえ、胸を掴まれた。私が女だとバレただろうか。
背中にイヤな汗が流れる。
「……おい、お前……」
飛宇がなにか呟くのを無視して、授業のある教室のほうへと逃げるように急ぎ足で向かう。
「お前女だな!! なんで男のフリなんか……そうか分かったぞ! 不正を働いているんだな!? 仙医もグルか!? はははは! これでムカつくお前を大学から追い出せるな!」
「ち、違う!!」
「残念だったなあ! おかしいと思ってたんだ。俺様を舐めるなよ!」
飛宇の言葉に、もう走って逃げるしかできなかった。
「逃げるな翠! 絶対に大学から追い出してやるからな!」
しつこく追いかけてくる声に耳を塞ぐ。
――しまった!! しまったしまった!! どうしよう。もう大学にいられなくなる……せっかく何年も頑張って入学したのに……。
なんとかしなければと思う。本当は戻ってなんとか飛宇を説得するか、誤魔化すかしなければと思う。
だけど何と言って良いのかなにも思い浮かばなくて、ただ必死に走って逃げることしか、できなかった。
*****
「はははは! あいつ前から気に喰わなかったんだよな。成績優秀者の蒼蘭と妙に仲がいいし。蒼蘭のヤツをこれから利用しようと思って話をしてやったってのに、なんで翠なんかに上から偉そうに言われなきゃいけないんだ」
翠が逃げ去った後、飛宇は上機嫌だった。
弱そうなヒョロヒョロした奴なのに、成績上位者の蒼蘭や、面倒見が良くて人気者の梓翔に、妙に気に入られている翠が嫌いだった。
座学や武術は下から数えた方が早いくせに、仙術が得意で、教師の仙人たちの専門的な話についていけるところも気に喰わない。
そして周りはライバルだらけで敵だらけ、自分はいつも誰かに足を引っ張られて苦労をしているというのに、何の苦労もせずにヘラヘラ楽しそうに雑談をしているあいつらが、心の底から憎かった。
「ふふふ、これで追い出せるぞ。蒼蘭の奴は翠が女だってこと知っているのか? ……同室なんだから知らないはずないか。籠絡済みってわけだ。ってことは成績上位者の蒼蘭もまとめて蹴落とすことが……ひっ」
一瞬のうちに、翠と蒼蘭を追い出す絵図を思い描き、ついでに騙されたと訴えたら、今からでも「木」の免状をもらえるんじゃないかとまで妄想していた飛宇は、前方のあるものを見て、凍り付く。
「と……虎!? なんで学内に……」
飛宇の目の前に、大人の男性の二倍はありそうな、体調八尺近くの虎が、のそりと近づいてきた。
「まさかこんなところに……はっ、人虎か!? それとも幻覚……本物の訳がない……ははっ、なんだよ、驚かすなよ」
飛宇は頭では本物の虎ではないと思っているようだが、それでももしかしたらという恐怖心が拭えないのだろう。
「おい! 誰だこんな悪戯をする奴は! お前も纏めて追い出すぞ!」
飛宇の脅しが聞こえているのかいないのか。
虎は気にする様子なく、まるで獲物を狙っているかのように、飛宇にじりじりと近づいてくる。
「おい! 近づいて来るんじゃない! 分かってんだぞ、本当に襲える訳ないってな! 今なら許して……ひいぃ!!」
恐怖を振り払うかのように、大声で虎に対して威嚇していた飛宇に、ついに虎が飛び掛かった。
一撃で喉笛にグサリと噛みつく。
「ぐ……ぅ」
静かな断末魔の声を上げる飛宇。
動けなくなった飛宇は、徐々に視界が暗くなり、ついに完全に意識が途切れるまでのわずかな間、自分を食いちぎる虎の様子を、眺めていたのだった。
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