第3話 同郷の元天才の名を知る

 夕餉の時間になったので、寮の食堂へと向かう。

 一人で座る赤毛の元天才君を見つけたので、相部屋相手の報告をしようと思ったので近づいた。


「ここ座っていい?」

「おう翠。……どうぞ」


 二人掛け用の小さなテーブルに、食事の載った盆を置く。

 今日のメニューはニラ饅頭に、具だくさんのスープ。

 入寮初日だからだろうか。贅沢にも柔らかそうな若鳥の肉が入っているうえに、デザートには豆花までついている。

とても美味しそうで、豪勢な食事だ。


 空いていると思った席には、よく見れば上着が置いてあった。

 私が声を掛けたら天才君がその上着を持ち上げて羽織ったので、席をとっていたのは目の前のこの男だろう。


「あ、ごめん。誰かを待ってた?」

「いいや、別に。上着置いてただけ」

「そうなの?」


 もしかしたら一人でゆっくり食べたかったのかな? とは思ったけど、話したいことがあるので遠慮なく座らせてもらうことにする。



「あのさ。まず……あなたの名前、なんだっけ?」

「そっからかよ!」



 私も今更聞きづらいと思わなくもないけれど、いくら思い出そうとしても名前が出てこなかったので、仕方がない。

 今聞いておかないともっと聞きづらくなっていく。


「だってもう、会わなくなってから五年以上経っているし」

「ちっくしょー。俺は絶対にお前を越えてやるって、この五年間忘れたことはなかったってのに」

「……え、そうなの? なんかゴメン」

「いや。半年やそこらで、さっさと学校を辞めた俺が悪いんだけどな。……梓翔ししょうだよ」

「元天才君じゃなくて、梓翔ね。よし、覚えた」


 私がそう言うと元天才君あらため梓翔は、自嘲気味に笑った。


「元天才……ねえ。本当に『元』だよな。郷の学校に入学した時にはトップの成績だったのに、あっという間に授業についていけなくなってな。相手にもならないと思っていた翠れ……翠にも抜かれて」

「里の学校から郷の学校に上がった時、一気に授業が難しくなったもんね。確かに、あの頃が一番大変だったかも。主に精神面」


 自慢じゃないけど、里の学校の授業くらいじゃ、私だって一回聞けば理解できる「天才」だった。

 だけど郷の学校に入った途端、一回聞いても、十回聞いても授業が分からなくなったのだ。

 大体何十回くらい聞けば理解できると分かるまでの間が、今までの人生で一番つらかった気がする。


「でもなんで、梓翔はまた学校に入り直して、大学にまで入ったの?」

「……まだ学校に通ってた友達から、お前の噂を聞いたんだ。まあそいつも、郷の学校をギリギリ卒業できたくらいで、県の学校までもいけなかったんだけど」

「噂って?」

「お前が授業についていくために、何十回も教本を読んで、先生に質問して、修練してるぞって話をな」


 おや、隠れて努力していたつもりが、どうやら周囲にはバレていたらしい。


「俺なんて、五回か六回読んだ程度で理解できないって、すぐ諦めてたのが恥ずかしくなったよ。里の先生に頼んでまた推薦してもらって試験を受けて、郷の学校に入り直したんだ。まさかお前と大学入学の同期になるなんて、思ってもみなかったよ」

「私は本当なら、とっくに入学して、あなたの先輩になってたはずなんだけどね」

「ち。うるせー」


 口ではそう言いながら、梓翔はなんだか嬉しそうだった。

 私としても、知らない人だらけに囲まれる中、同郷の懐かしい顔があることが、少し心強かった。


「あ、そうだ梓翔ししょう。部屋取りかえてくれなくて、大丈夫そうだったよ。心配してくれてありがとう」

「へ? なんでだよ。どう考えても取りかえた方がいいだろう」

「同室になった人、どうやらライバルとは慣れ合わない一匹狼タイプみたいでさ。仲良くする気はないから、いないつもりで生活しろって言われちゃったよ。助かっちゃった」

「いやそんな……危ないだろ。最初からバレてる俺と同室になった方が安全だって」

「イヤ本当に、目も合わせてくれないレベルだから、大丈夫そう。もしも危ないなって思ったら、その時は梓翔に相談させてもらうから」

「でも……」

「だってさー」


 意外と食い下がってくる梓翔に、周りに聞こえないように、声を潜めて顔を近づける。


「一応私だって、女子だし。最初から『バレてる』人が同室なほうが危ないもんじゃないの?」

「バッ……かじゃねーの!? お前と俺が同室だからって、なんもなんねーよ!」

「声が大きい」

「ぐっ」



 ここ何年か、女どころか人間を捨てて勉強に打ち込んでいたのでこんな格好をしているが、私だって元はオシャレも化粧も好きな、年頃の女の子だ。

 入学できた今となっては、男の振りをしないといけないので化粧はできないにしても、もう少し身なりに気を遣う予定だ。

 悪いがそれなりに、警戒はさせてもらう。



「まあそういうことだから。普通に同郷の友人として、これからよろしくね、梓翔」

「ふん。今度は負けねーからな」


 そう言うと私たちは、硬い握手を交わしたのだった。





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