第2話 同郷の元天才と会う
手続きが終わり、書類の案内に従って、寮へと移動する。
受付では、無事私が男ではなくて女だとばれることはなかった。
こうなったらもう、とことんいけるところまで誤魔化し続けてやろうと決意する。
なんとか卒業して、仙人にさえなれればこちらのもの。
最悪、官吏にはなれなくてもいい。
見た目ではバレない自信がある。
今まで通りの簡素な
30歳で入学して、やっと卒業できたのが90歳だった者がいるという逸話もあるくらい厳しい大学だ。皆忙しくて、どうせ他人のことなんて気にする余裕はないはずだ。
そう思いながら寮の廊下を歩いていると前方に、何だか見覚えのある男を発見してしまった。
記憶よりも大分背は高くなっているが、珍しい赤みがかった髪色だから覚えていた。
地味な服装の私とは違い、赤を基調とした色鮮やかな袍と袴を着ている。刺繍も施されていて、少し派手だけど、それを自然に着こなして似合っていた。
――あいつ、
確か「木」「火」「土」「金」「水」の五行のうち、見た目通り「火」の仙術が得意なやつだったはずだ。
それ以外のことは、ちょっと思い出せない。
なにせ肩を並べて勉強をしたのは、五年以上も前の話だ。
思わずジロジロ見過ぎてしまい、我に返って慌てて隠れようとした瞬間、そいつと目が合ってしまった。
――しまった!
私を見てあからさまにハッとした表情をした男(名前は忘れた)が、ずかずかと大股で歩いてきた。
「
大声で余計なことを言う口を、慌てて手で塞ぐ。
そのまま廊下の端の、階段の下、人気のないところへと引きずっていく。
赤毛の男は、意外にも抵抗せず素直に引きずられてくれた。
キョロキョロと辺りを見渡して人がいないことを何度も確認してから、塞いでいた手を離す。
「うがッ、なんなんだよ翠玲。寮を間違えたのが恥ずかしかったのか?」
こいつは私のことをハッキリと覚えているようだ。翠玲じゃないと誤魔化すことはできそうにない。
「まず声をひそめて!」
私の必死の形相に、元天才男は素直に黙ってくれる。
本気になればいくらでも振り払えただろうに、ここまで大人しく連れてこられてくれたあたり、悪いヤツではなさそうだ。
「……なんだよ。どうした」
「私はここで、男ってことで暮らしていくことにしたから。大声で翠玲とか女性名で呼ばないで。
「はあーー? なんでそんなややこしいことするんだ。普通に女子として女子寮で暮らせよ」
「ないの」
「なにが?」
「女子寮が、ないの。今まで大学に通った女子は、いないの。もう私、3回も試験に落ちていて、今年受かったのは、男の振りをして試験を受けたからなの」
「え……」
私の言葉に、男は深刻な顔をして黙った。
「本当かよ。お前が試験落ち続けているって噂は聞いてたけど」
「お願い。もう後がないの。私が男だって嘘をついてくれとは言わない。ただ女だってことを黙って、他人の振りをしてくれるだけでいいから。お願い」
祈りを込めて、頭を下げる。
ここで断られたら、私の仙人になるという長年の目標が途絶えることになる。
頼むから――。
「お願い」
「……分かったよ」
「ありがとう! あなた結構良いヤツね!」
口調はぶっきらぼうだけど、意外と優しそうな元天才が黙っていてくれると決まり、希望が見えてきた。
良かった。初日からもう終わりかと思った。なんとかなりそうだ。
「でもさー、大丈夫なのか?」
「大丈夫。私、どっからどう見ても男だし。仙人になるためなら、男装だろうがなんだろうがやってやる」
「いや……そうでもないけど……やっぱり男に比べて華奢だし。なんかいい匂い……いや、っていうかさぁ」
元天才はなぜか顔を少し赤らめながら、もごもごと言った。
「寮って、二人部屋だぜ?」
「……なんですって……」
その言葉に、何度目か分からない絶望感を覚えたのだった。
*****
心配してくれる様子の元天才と別れて、指定された自分の部屋へと行ってみる。
天才君は、部屋を代わってやろうかとまで言ってくれた。
本当に良いヤツだ。
最後の手段として、本当に部屋を代わってもらうのもありかもしれない。
同郷でめちゃくちゃ仲が良いヤツがいたから、一緒の部屋になりたいんだとかなんとか適当な理由を言えば、きっと代わってくれるだろう。
そのためにもまずは、どんな人物が相部屋なのかを見てみなければ。
コン コン コン
「お邪魔しまーす」
自分の部屋だけど、ノックをして声を掛けてドアを開ける。
寮に着いたのは私が最後のほうだったようなので、既に部屋には同居人が着いているはずだ。
しかしノックにも声掛けにも、返事はなかった。
中に入ると、まだほとんど荷物など置かれていない、小さな箪笥と机、寝台が二個ずつ置かれただけの部屋に、やはりすでに人がいた。
薄暗くなりつつある部屋の中、寝台に腰かけてなにかの書物を読んでいたようだ。
カラスの濡れ羽のような漆黒の髪と目の色をしているその人物は、顔は動かさずにその暗い瞳だけをちらりとこちらに向けてきた。
高級そうな絹の
どうやらお金持ちのお坊ちゃんのようだ。
ちなみに大学は入学希望者が多すぎるので、試験を受けるにもまずは推薦人が必要だ。
私は実力で殴って県の学校から推薦をもぎ取ったけど、金持ち名門家系の子弟なんかは、親に推薦されるだけで入試を受けられたりする。
もしかしたら、この人はそれかもしれない。
とはいえ、誰に推薦されようが、試験は平等に行われるものだ。
……女子以外には。
「こんにちは! 僕は翠っていいます。
さっそく自己紹介をする。
やはり人間、最初は挨拶が肝心だろう。
「……
「え?」
返ってきた返事は予想外のものだった。
でもまあ大学の同期と言えば、学友であると同時にライバルでもある。
官吏の席の数は有限だ。
大学に入学した全ての者が仙人になることはできない。
だから必要以上に慣れ合わない、一匹オオカミのような奴もいるのだと、ムラの仙人に聞いたことがある。
「俺と係わるな。いないものと思え」
「はい! 了解いたしました!」
普通ならカチンとくるようなセリフだろうけれど、今の私にとっては願ってもない申し出だ。
必要以上に係わることはない、いないものと思って生活。
――よし。部屋を交換しなくても、良さそうだ。
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