翠の通仙青春譚

kae

一章 人虎

第1話 翠玲の決意

 大国、趙朗国ちょうろうこくの唯一の最高学府である大学。

 その前の広場に張り出された今年度の入試試験の結果を前に、私は佇んでいた。

掲示板にはしっかりと私の試験番号が書かれていた。

 私は意気揚々と大学の門をくぐり、試験番号の書かれた木簡もっかんを職員の人に差し出した。


「一九〇五二番ですね。こちらの書類をご確認ください」



 『名前―姓はりゅうあざなすい白狼はくろうムラ出身の19歳。 性別―男性』



「はい! 特に間違いありません」

「ではさっそく、寮の方へと移動してください」

「ありがとうございます!」




*****




 一年前



「またない……」


 大国、趙朗国ちょうろうこくの唯一の最高学府である大学。

 その前の広場に張り出された今年度の入試試験の結果を前に、私は呆然と佇んでいた。

 

 血走った眼で必死に群がる人たちを押しのける力はなくて、人が少なくるまで待っていたので、結果が掲示されてから私が見るのに一刻(約二時間)も経ってしまっていた。

 肌寒く、ほとんど人がいなくなった広場で、立てかけられた木の板の、少し墨が滲んだ数字たちを何度も確認するけれど、やっぱり私の試験番号はなかった。


「あんなに……あんなにも頑張ったのに」


 私は趙朗国ちょうろうこくの田舎も田舎、山間にある50人ほどしか住人のいないムラで生まれ育った。

 目がかわせみの羽根のような鮮やかな青緑せいりょく色をしていることから、翠玲すいれいと呼ばれている。


 広大な自然に囲まれ、家畜を飼い、ほんの少しの平らな土地の隙間に、家族とムラの人たちで分け合うだけの作物を育てていた。

 山では獲物を狩り、川で泳いで魚を捕って生活をしていた。

 あまりの自然の豊かさに、そのムラ一帯に良いエネルギーが満ち溢れているらしくて、何人か仙人が住み着いていたほどだった。

 そのくらいのド田舎で、物心ついた頃から一日中、遊び回っていた。


 そして少し大きくなると片道二時間かけて、歩いての学校に通うようになった。


 うちで育てている作物を分けるお礼にと、既に仙人からすこしの学問や仙術を教わっていた私にとって、の勉強の内容は物足りず、一年も経たずに卒業して、今度はあたり一体のをまとめたきょうの学校に推薦された。


 きょうの学校にまではムラから毎日通うことは無理だったので、遠い親戚の家に下宿させてもらっていた。

 そのあたりで、休みのたびに帰る故郷のムラに住み着く仙人たちからは、「翠玲すいれいには仙人になる才能があるかもしれないな」などと言われ始めた。


 仙人とは、才能があって生まれながらに仙人に生まれつく以外は、この国唯一の大学を卒業した一握りの者だけしかなれないものだ。

 ひとたび仙人になれば、年も取らないし使える仙気、術も多くなる。

 大学卒業後、百年間は中央政府で官吏として勤める義務があるが、百年が過ぎれば官吏を続けても良いし、うちのムラに住み着いている仙人たちみたいに隠居して、あとはのんびり好きなことして暮らしても良い。

 ほんの一握りの人だけがなれる不老不死、エリート中のエリート、憧れの職業、それが仙人なのだ。



 ムラには引退した仙人たちが何人もウロウロしていた。

 だから仙人が珍しくもないことと、その仙人たちから才能があるなどと煽てられた幼少の私は、まだ仙人その大変さも知らずに、すっかりその気になってしまった。


 私はと言えば郷の学校では、どの教科も下から順位を数えた方が速かった。

 天才たちと違い、何十回、何百回と教本を読まなければ理解できなかった。

 だけど何十回、何百回と読んでいるうちに、気が付けば卒業するころには上位の成績を修め、今度は県の学校に推薦されるまでになっていた。


 そうして県の学校でも何十回、何百回、時には何千回と修練を積んだ私は、ついに大学の入学試験を受ける資格を得ることができたのだった。




 大学受験最初の年、並みいる天才たちを蹴散らして入試の推薦を得た私は、自信満々で試験を受けた。

 ここまできたら絶対に大学に入り、仙人になってやろうと思っていた。

 それだけの努力をしていた。

 死ぬほど勉強をして、対策をして挑んだ最初の年の試験。

 学科試験は完璧だったはずだった。

 仙術や武術といった実技も、十分な合格圏内だったはずだと思う。

 自信をもって見に行った試験の結果発表。


 私の試験番号を見つけることはできなかった。



 次の年も、そして三回目となる年も……。


 明らかにおかしい。

 ムラの仙人たちも、これだけできれば十分合格するはずだと太鼓判を押してくれたというのに。


――どうして! 何度も何度も何度も試験問題を確認したのに! 絶対に受かっているはずなのに!




 もう広場には、私以外誰もいなかった。

 木枯らしが吹く中で、私は未練がましく、まだ掲示板の数字を見続けていた。

 そうしていたら、いつか自分の数字が見つかるような気がして。


 やがて大学の人たちがやってきて、その掲示板を片づけはじめても、まだ呆然と立ち尽くして見つめ続けていた。

 そんな私の耳に、ある雑談が飛び込んできた。




「今年も女の合格はゼロにしたんだって?」

「ああ、まあなー。仕方ないよな。女が受験する人数が少なすぎるから。入学したら全員寮に入らなきゃいけないって決まりなのに、その寮が女子用はないときた」

「でもここ何年か、入学基準に達してた女子もいるんだろ?」

「今年は一人だけな。一人の為に、部屋も厠も、なにもかも用意しろってか? さすがに無理だろ。せめて十人くらいいればな」

「そっか。その女子も可哀そうに」

「どうせ何回試験受けても落ちるって決まっているんだから、さっさと諦めたほうがその子も幸せだろうにな」

「言えてる」



 その話を聞きながら、怒りに体中の毛穴から汗が噴き出てくるのを感じていた。


 ――その女子って、絶対私じゃない!! 女だから、受からなかったの!?



 慌てて自分の格好を確認する。

 ここ数年、勉強に命をかけすぎて、髪はひっつめてくくっているだけ。

 服装はなんの飾り気もない麻のくすんだ袍と袴。

 もちろん化粧もしていない。

 勉強することだけを考えた格好だった。

 酷い格好だけど、まあ受験生は皆似たような恰好をしている。


 どっからどう見ても、この時期に都に大量に溢れている、うだつの上がらない浪人生だ。

 だから私がその女子だとは思われなかったのだろう。


 ――女だと、試験を受けても絶対に受からないんだ……。




 私はその時、静かに決意をしたのだ。




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