第4話 影響

 マスコミの声は、全く世間に届かなかった。


 既に無能な政府以上に信用を失い、オールドメディア扱い、ゴミ扱い、デマ扱いをされたマスコミより、世間はネットの情報に耳を傾け、そこにある事実から因果を構築し、推論を立てて審判を下した。


 マスコミは自身こそ裏付けをとった正しい情報を流しているから信じて欲しいと訴えたが、その情報や背景については全く裏付けがなかった。


 相次ぐ殺人事件から、事態を重く受け止めた政府は、緊急で追加調査を行う。

 結果、過去、国内で把握されている外国人を含めた行方不明者一万三千五百二人のうち、八千人以上が、「#一人一殺」による嘱託殺人である可能性が出た。


 「非常に憂慮すべき由々しき事態である」


 と、当時の法務大臣がマスコミを通じてコメントを発表したが、一人一殺による殺人事件と思われる事案には、世間が「殺されても仕方がないな」と思う事案のほうが多く存在し逆に警察や司法の怠慢を問われることになった。


 事件は止まることがなかった。


 一方で、一部、誤情報による冤罪も発生した。

 神奈川県に住む三十八歳の会社員男性は、身に覚えのない痴漢事件動画の犯人とされた。男性は自身でそれに気付き、自らネットで事実無根と訴えていたが、その後、行方不明となり、大森海岸で変死体となって発見された。

 殺害した犯人は二十三歳で被害者と同じ会社の休職中の男性だった。

 殺害後、事実無根と訴えていた被害者の投稿を見つけ自首をした。しきりに、「誤情報にやられた。決して悪用や誤用ではない」と訴えていた。これは自身が殺害対象になるのを避けるためではないかとネットは疑った。


 一方で、問題の動画を流したとされる人物はすぐに特定され、それを知った投稿者が怯えながら謝罪する動画をアップした。投稿者はそれを最後に消息を絶った。

 被害者とは不倫関係にあったという噂が流れたが、いまだに行方不明である。


 ついに警察は、殺人教唆の範囲を広げ、一人一殺の投稿に対し「いいね」を押した人も処罰の対象になるか検討する方針を発表した。同時期にSNS各社が、遅ればせながら「『いいね』をした人物のリストを警察やマスコミに提供する用意がある」とした報道も影響した。


 これらの行為を検閲や表現の自由などと照らし合わせて、違法ではないかと疑問を呈する弁護士たちもいたが、マスコミはそれを一切、取り上げなかった。ネットでは既に嘲笑の種でしかなかったマスコミだが、「ついに報道の責任だけでなく、表現の自由についても放棄しはじめた」と言われる始末だった。


 ともあれ、この捏造痴漢動画の一件以来、「いいね」には人々が慎重になった。十個の同意を集められる投稿は一時的に減るという、抑止効果が認められた。


 また投稿された依頼の証拠動画を、偽動画か事実確認を調べる有志組織もネットに発生し、情報交換も活発に行われた。


 しかしながら、それを上回る数の依頼の前で事実確認は間に合わず、また投稿者が別アカウントで自身の投稿に「いいね」を十個集めるケースまで出始め、それらすべての妥当性をネット民が判断または事態の収拾を図ることは、ほぼ不可能と思われた。


 ちなみに別アカウントで「いいね」を十個集めた投稿者は、後日、変死体で発見されている。そのようなバランスは取れるようだった。


 同様に、思想的な信条による依頼は後を絶たず、それらについては仲間内の「いいね」を免罪符として、公然と殺人を犯すようになった。これによって日本への旅行者、特に神社に落書きなどの迷惑行為とを目的とした旅行者は、激減した。


 この頃になると世界中でも似たような状況ではあったが、特に日本は「治安が悪化した国」と映ることもあれば、「ようやく昔の秩序を取り戻した国」と両極端に称されることになる。


 その後も、様々な事情の様々な人物が狙われていった。

 海外旅行者を呼び込んだ元政治家。不法入国者。反日外国人。レイシスト。反レイシスト。いじめをした生徒。その生徒を擁護した教職員。煽り運転。ひき逃げ犯。強引な菜食主義者。強引な菜食主義者をおちょくる肉食主義者。受信料未払い者。受信料徴収者。公共放送職員。反捕鯨活動家。自衛隊基地反対の活動家。原発稼働反対の活動家。太陽光発電反対の活動家。火力発電反対の活動家。消費税導入反対の活動家。消費税導入賛成の活動家。裏金議員。財務省官僚。捏造検事。生活保護不正受給者。高級国民。底辺国民。出版社。Web小説家。


 辛うじて、ネットの良心か、意見が二分した人物に対しては「いいね」の数に関わらず、殺害に至ることはなかった。財務省官僚を除いて。


 財務省官僚だけは、ネットに掲載されるたび、事実認定と同時にあっさりと殺された。しかし事件がニュースになることは一切なく、まるで、その死だけは妥当のようにスルーされた。


 専門家がこれを「財務省官僚は長年にわたる不景気の原因とされ、この不景気によって生まれた失うもののない『無敵の人』が引き起こしている可能性もある」と示唆した。この専門家はこの投稿後、公に姿を現していない。


 その後、次々と自首した犯人は無期懲役を言い渡され、その数は千人を超えた。留置所、刑務所は、そのような人々で溢れかえるようになった。


 多くは自分の信じる正義感によるものであり、時に酌量の余地はあったとはいえ、殺人である以上、無期懲役は免れないものとなった。死刑にならなかった理由は、死刑判決の基準である一人以上の殺害をしていない上に、被害を個人に留め放火や窃盗などの他の目的を持たなかったからだ。無差別でもなく一人しか殺していないのが共通項だった。一人一殺のルールには、そのような示唆があったと話題になった。


 一方で、同時に検察が進めた「いいね」をした人物に対しての裁判は混迷を極めた。地裁では「罪に問えない」とし、これに対し検察側が上告を行い、高裁では「いいね」をした側には「殺人教唆の意図があった」として罪に問われた。


 最終的に最高裁は、この判断に二年を要し「いいね」を押しただけでは、殺人教唆の罪に問えないとし、また「いいね」をした人物の秘匿性については合憲とされ通信の自由を脅かしてはならないとされた。


 この判決により、SNS各社は声明を出し、以後、「いいね」をした人物についての情報を行政に提出することはないと宣言した。


 慌てたのは行政と政治家だった。これを取り締まるための法改正を狙ったが、すぐに諦め、関連法の制定と法改正を断念した。

 何故ならば、法案を提出した政治家の名前が特定され、次の選挙でその政党の議席数確保が危ぶまれたことと、この法案成立の活動をしようとした行政側の人物情報がネットに溢れたためだ。


 その中で、問題となったひとつの裁判が始まる。

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