第3話 迷惑
きっかけは、海外旅行者の行方不明事件の増加だった。
毎年、日本では一定数の外国人観光客が行方不明になるが、大半は日本に隠れているか計画的な不法入国だと思われ、放置されてきた。
捜索依頼が年々増えるのも、観光客が増加しているためであり、不法入国者も増えるのは当然だと考えられていた。
捜索依頼が出された外国人のうち、無事に見つかる者もいれば、国内で犯罪を起こして強制出国となる者もいたが、一部は死体となって発見されるケースもあった。
さすがに死者が増えてくると、行政も動かざるを得ない。
外国人同士のトラブルを疑って調査した警察は、一部の行方不明外国人が動画投稿者であったり、動画に撮影されていたことに疑問を感じ始める。
それほど、動画投稿目的で日本に来るのかと、感心さえしていた。
海外からの捜索依頼が三桁に達しようとする頃、二件の外国人殺人事件について犯人が自首してきたことで話が変わってきた。
この時点で、まだ桧山青年の事件すら「#一人一殺」と関連付けられていない。
二件の殺人事件の現場は奈良県と石川県であり、当然、全く無関係な別々の事件として調査されていた。
しかし、この事件にネットはすぐに反応した。
被害者はそれぞれ違う国出身だったが、二人とも有名な迷惑系動画配信者として世界中に知られる人物だった。
奈良県側の事件では、死の直前、夜の奈良公園で小鹿に殺鼠剤を食べさせる様子を動画に納めていた。該当の小鹿は死んでおり、胃の中から大量の殺鼠剤が見つかり、警察も関連を調べている最中だった。
撮影者はA国人だった。ホテルのベッドを血で真っ赤にした状態で発見された。
死因は出血多量によるショック死。
不思議なことに、死体はまぶたを切り取られ、眼球からは水晶体だけを切り取られていた。両耳にはボールペンを挿しこまれ、下顎は引きちぎられていた。その下顎は現在も見つかっていない。
さらに、胃の中からは、喉から溢れるほどの殺鼠剤がぎゅうぎゅうに詰められていた。
この事件の犯人は四十代の元会社員の男性だった。犯行日に退職している。
動機については「導かれるままに」と言ったきり、後は黙秘を貫いた。
A国人動画撮影者のスマホには、事件の様子が録音されており、犯人と思われる元会社員の男性が流暢な英語で、淡々と相手を脅す様子が残されていた。死体の状況から両手を縛られ、さるぐつわをされた状態で、「眠気が訪れるたびに怯えろ」と告げる犯人の冷静な口調の声が録音されている。
この時点で相手のまぶたを切り取ったと思われた。
一方の石川県の事件は、被災した家に勝手に侵入して、やりたい放題の動画を撮っていた。最後に家が燃える中、撮影者は陽気な歌を歌いながら踊る動画だった。
この撮影者は若いC国人女性だった。
帰国のために空港へ向うタクシーの運転手によって殺害され、その体は骨になるまで燃やされ、頭部は切り離されていた。
後日、頭部には、生前、両眼へ鋭利な突起を押し付けられ、両耳の中身は引き出され、全ての歯を折られた痕があった。死亡後に首を切断されたことが、犯人の自供と発見された状態によって判明している。
犯人のタクシー運転手は64歳の老人であり、同僚は「あの温厚な人が」と驚いていた。若い頃商社で働いたこともあり、C国語ができるタクシー運転手だった。
「あなたは悪いことをしたとは思っていないのですか?」
という裁判官の問いに、
「お言葉ですが、……悪い……とは?」
と、静かに答えた。
善悪の区別のつかない老害という文脈でマスコミは片付けようとしたが、ネットでは半ば英雄扱いされた。しかし、それも大量のC国語による罵倒の書き込みでいつしか消え去った。
C国政府は日本政府の対応に難色を示し、C国からの旅行者の引き上げ、関税、更には放射能食品でC国人を殺害する可能性があると言い出し、輸入禁止を企てた。日本政府は冷静になるように呼び掛けることで必死だった。
しかしこの件に関し、C国国内からも被災者に同情する声もあり、また動画配信者が政府高官の娘だったこともわかり、その親の写真を使ってC国国内のSNSに「#一人一杀」という言葉が出始めると、政府は検閲機能を使い、その投稿を一斉削除した。ついには一時的とはいえ、一般人のSNSの書き込み利用を全面的に禁止し、投稿の登録者許可制度が始まる。
結果、C国の有名なSNS『万度』には、平和なパンダの記事で溢れかえるようになった。当たり障りのない投稿以外は全面禁止になったのだ。
同様にA国も日本政府に苦言を呈したが、A国内で被害者の家族が襲撃され、またこの被害者を擁護しアジア人を見下す動画を投稿した黒人女性が自宅で惨殺死体の状態で発見されるなど、関連の殺人事件が相次いだ後、ネット上で#KQというタグの投稿が現れた。KillQuota(殺人割り当て)の略だと言われている。
同時に世界は思い出した。かつて日本人は相手が一線を越えた時には、自分が死んだとしても、必ず相手を殺す常軌を逸した戦闘民族だったことを。
それが「一人一殺」と呼ばれたことも。
ここで初めて、世間は「#一人一殺」タグの存在とそのルールを知ることとなる。 桧山青年の事件もこのタイミングで、関連付けられることになった。
慌てたマスコミが「#一人一殺」というタグを解説しはじめた。
マスコミに雇われた識者たちの論調は「法治国家としては許せない行為であり、暴力によって相手を黙らせることは、『言論の自由』『表現の自由』を脅かす行為だ」というものだった。
まだマスコミは自分たちがメディアの主流であると信じていた。
マスコミはSNSの禁止を声高に叫んだ。
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