第20話 お歯黒さま⑧

手っ取り早く自分たちを始末するには持ってこいなわけである。異形が関わるなら行かねばならない。そこまで把握してたということは───。


『旦那さま? 旦那さま? 』

女性の声に我に返り、振り返る。少し高いところに木の格子窓があった。お互いあの高さでは顔も確認出来ないだろう。

「お歯黒さまどうしたっすか? 」

「誰かいるのか? 」

中から真人と梨翔の声もした。先程までしていた二人の会話は彼らには聞こえていなかったのだろう。

「……川口、コイツを縛って口に布を縛りつけろ」

猿轡さるぐつわの代わりだろうか。

「咲華楽に関してはあとでも大丈夫だろ。ソイツを連れて表に回るぞ」

「は、はい! ……姫、この方は私たちの上官ですから大丈夫です。ついてきてください」

小声で伝えると、キャスリンは無言で頷いた。


───ガン!

島袋は勢いよく扉を蹴り開けた。実際は『お歯黒さま』が沢渡の指示があった時に開かなくなっていたのだが、そう複雑でもない演算式だったため、流れで蹴り開けたように見えたのだ。

「甲斐! 有栖川! 避けていろ」

聞き慣れた声に条件反射で両脇に避ける二人。同時に『お歯黒さま』がこちらに飛び掛ってくる。丈琉に向かって。沢渡を抱えているからだ。

『旦那さまに何ヲしタ?! 』

「……わりぃな。少し眠っていろ」

サングラスをズラして一瞬、ほんの一瞬『お歯黒さま』をチラリと見つめると……『お歯黒さま』は糸の切れた人形のようにバタリと届く瞬間に落ちて動かなくなる。

「「『お歯黒さま』?! 」」

慌てて二人が駆け寄ってきた。キャスリンは何が起きたか分からず、棒立ちだ。

「て……」

「「工エエェェェェエエ工工?! 」」

島袋の顔を見て、2度目の叫びを上げた。

「と、特別捜査官S? いやでも島袋次官? 」

また混乱をしている。

「さんざ、俺が外勤向けじゃないと言っていたそうだな? 」

ヒィィィィと喉の奥で悲鳴をあげているのが見て取れた。

「……確かに俺の力は内勤向けだからなぁ。間違っちゃいねえから怒ってねえよ」

部下を虐めたいのかなんなのかよく分からない上司だ。

「言い訳にしかならんが、情報不足でおまえらを現場にぶち込むなんざしたくなかった。次官と言えど中間管理職なもんでね。立場はおまえらと変わらないわけよ。俺もサポートするからさっさと片すぞ、若造ども」

皆の憧れの元特別捜査官S。しかしながら、いつも丸投げ感しか感じない理不尽上司。

「俺が来ていることはお上は知らない。報告するとき口達者ネゴシエーションで助けてくれや……」

度重なる器物破損やら強行突破はお上の情報管理不足と言えど、部下の管理不足とゴリ押しされ、始末書を書いているのは他でもない島袋なのである。身バレもしたし、そろそろそれでメンタルも限界なので分かち合いたいようだ。

流石の梨翔すらも中間管理職の比喩や揶揄はわかるようで、皆真顔で頷くしかない。世知辛い世の中である。

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