第3話 お歯黒さま②
「すみません! お邪魔します! 」
梨翔の特性は対異形において警戒心を緩めることには絶大な力を発揮するけれど、直球過ぎるんだ。
『あの……』
梨翔の急なプロポーズに戸惑っているようだ。今回の相手は1歩間違えば逆効果だ。
「申し訳ありません。彼はあなたのような方が大好きで、飛躍しすぎてしまう傾向にあります。どどうかお話、聞いて頂けませんか? 」
「ホントのことっすよぅ」
「あんたは黙る! 」
よく見ると彼女の手を握っている。離しそうにない。
『私に……何を聞きたいのでしょうか』
向き合ってくれるようで助かった。
「あんたはこっち!」
隣に戻るように指示したが、いやいやをするように首を振り、離れようとしない。アレは放っておこう。
「まず、あなたは……結婚されていますか? 」
「旦那がいてもいいっす。別れて俺と……」
「あんたは黙んなさい! すみません、どうですか? 」
よく見れば目が見えないだけで、スタイルのいい肢体に薄い着物を着ているだけの美女だ。
『はい……けれど彼は結婚してから姿を見せません』
「絶対浮気してるんすよ。だから……」
「だから黙りなさい! 」
異形を見ると本能丸出しにして悪化させるいらない才能を発揮するのは迷惑でしかない。
『旦那様が……浮気? 』
空気が変わった。明らかに怒っている。
「……梨翔、アンタの所為よ。毎回事態を悪化しかしない口を二度と開かなくしてやるわよ」
「ひぃ! なんで怒るんすか! 意味わからないっす! 」
「あんたが考え無しに口にしたから『お歯黒さま』がお怒りよ」
「旦那が悪いっす! 俺悪くない! 」
「あんたは口塞げ! しばらく喋んな! 」
本気で睨みつけると口を閉じた。
「申し訳ありません。コイツの話は聞かないでください! 」
『旦那様……』
もう話が通じない状態だ。マズイ……。
無理矢理梨翔の手を掴んで引っ張ろうとするが、頑なに離れようとしない。
「……連れ帰ったらまた真人パイセンに奪われちゃうっす。俺がここに住むからずっと一緒にいてほしいっす」
職務放棄どころか梨翔も理性を失っている。
「ええい! ままよ! 」
梨翔を力を込めて引っ張り、引き離して扉に向かって投げた。
投げ出され、ショックとビックリが入り交じった顔をして外に転がり出る。
「『お歯黒さま』ぁ! 」
───バタン!
扉が閉まる。あたしは振り向けない。ゆっくりとヒヤリとした指が首に回るのを感じた。
(これ、ダメなやつだ……。だから梨翔はメンターに向かないのよ、バカ)
瘴気と首の圧迫により、ゆっくりと意識が遠のいていく……。
───咲華楽真智。小さな頃から人助けに固執し、頼まれてもいないのに解決に導いてしまうお節介体質。自分より他人を優先する癖が年々酷くなる難病。異形の怖さを誰よりも近くで体験していた他称チームリーダー。彼女の参加する作戦は必ず成功するジンクスまである。
暴走した梨翔を救うため、お歯黒さまに首を絞められて死亡。
……数時間後。
───バタン!
『?! 』
「……時よ、止まれ」
低い耳障りのいい声が形のいい唇から紡がれた。
「今だ、行け」
「は、はいっす! 」
梨翔は急いで真智を回収した。
「申し訳ない……。美しいヒトよ。逢瀬はもう少し待っていてくれ」
───バタン!
「どうだ? 」
「ま、真人パイセン……」
梨翔が泣きそうな顔をして真人を見た。
「……真人さん残念ですが、彼女は死んでいます」
メガネの青年が眉間に皺を寄せている。
「
「ですから……」
「梨翔! おまえ、また暴走しやがったな! 」
「だ、だって黙れって……」
「気を
「あう……だって真人パイセンに……」
「精神がまだまだ子どものようだな? 」
「ひぃ! 」
「大人の男になればおまえの
暫し沈黙が流れた。梨翔はお歯黒の意味を軽んじていた。今ここでお浚いして講義する意味はない。……梨翔が暴走しなければ簡単な仕事になるはずだった。どうしようもない空気が漂う。
───甲斐真人。極端な異形偏愛を持つが、大人のいい男でいたいプライドで抑制している。しかしキレると口がすこぶる悪くなり、相手を顧みずに怒鳴り散らす、所謂言葉の刃が致死量の男である。
だが───。
「……ここは」
「真智パイセン! 」
真智が目を覚ます。脈もなく、瘴気により侵食されていたはずだった。
「真智、大丈夫か?! 」
「マ……ーチ? いえ、私は……キャスリンと申します」
顔つきが違う。
「……なんだって? おまえは誰だ? 」
「私はレイユーシア王国のキャスリンと申します。ここはどこでしょう? 」
丈琉がメガネをクイッとしながらスっと割り込んだ。
「これは──かの有名な異世界転生の可能性があります。確かに真智さんは亡くなっていた。そして今、別人のような状態。合致している以外ありません」
───
目下の問題は、続行不可能と言っていい状態に陥っている。だがしかし、帰路は閉ざされている。全滅するか、解決して帰るしか方法がない。ならば───と賭けに出て、キャスリンと名乗る真智に事の顛末を話し、協力をお願いすることにした。
これがまさかの吉とは誰も予想していなかった───。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます