第2話 お歯黒さま①

MouTuberの中には少なからず、オカルトを好む一般の方もいる。今までなら酷くならずに済んだだろう。しかし、今の日本ではそうは問屋が下ろさない。

運営さんが言うには、ある村に『お歯黒さま』と呼ばれる妖怪が現れたという。お歯黒といえば、旦那に操を立てるために既婚女性が歯を黒くしていたこと、遊女がお歯黒を化粧としていたことから始まる。その姿に恐怖を感じたことからお歯黒べったりという妖怪が現れたとされている。今回は『お歯黒さま』というからには派生なのだろうか。

現場はとある辺境の黒川村という場所にあり、そこでは昔から今に至るまでお歯黒が行なわれているという。明治に外国人から女性差別だと批判を受けて禁止になったとはいえ、風習が残るところはあるのだろう。

昔はお歯黒をした既婚女性を尊重する習わしがあったとか。今では結婚式での女性の化粧のみとなっているらしい。

では何故、『お歯黒さま』なるものが現れたのか。まだ具体的にはわかっていないようだ。だからこそ、オカルト大好きYouTuberが実地検証と相成ったと。馬鹿げた話だが現状が変わっても尚、彼らはやめられない。視えるようになったことを幸いと更に深みにハマっていたのだ。

後始末する身にもなってほしい。彼らからしたら税金をもらって仕事をしているのだからやって当たり前とでも思っているのだろう。

で、今回の話に戻るわけだけど、その実地検証をしに行ったYouTuberたちが帰ってこないらしい。

運営さん曰く、彼らの中に対策出来る能力者もおらず、頼む訳でも無く向かったと。噂になるくらいだから危険もあるだろうに、無鉄砲にも程があると言っていた。流石に人気コンテンツだから止める訳にも行かない。どうにか安否を知りたいと。

生放送で配信していたようで、村に着いた瞬間に機材が異常を起こし、慌てている様子を写したところで途切れたと話す。

(一般人が面白半分でネタにしていい事じゃないな)

『最悪の場合どうしますか』と尋ねると、『それをお知らせし、どれだけ危険かを周知する他ありません』と。

聞いたからには現場に向かわねばならない。

上司に連絡を取り、説明をする。VTuberをしていた件を話さないわけに行かず、流石に怒られた。

プライベートでのお節介な人助けで人を救えるなんて甘いことを考えるなと見透かされていた。

そして、相棒にしこたま弄られる未来なんて視なくてもわかる。

『上司の許可が降りました。ですが、あたしたちのしていることはあくまでし、することを前提としています』

あたしたちはあくまでの側。所謂仲介役なのだ。退治しに行く訳では無い。


───対異形の交渉人ネゴシエーター


あたしは特にこの能力が優れている。生身の人間とのコミュニケーションはどん底ではあるにも関わらず。……この課には多種多様な変人揃いということだ。

(すぐにでも向かわなきゃだし、せっかくの休みがおじゃんだよ……やらかしたのはあたしだけどさ)

『理解しているつもりです。宜しくお願いします』

かくして、黒川村に出張せねばならなくなった。


梨翔りと、準備して。仕事だよ』

『ふわぁ、了解っすぅ』


あたしは咲華楽さはら真智まち。中央警察署預りの都市伝説課の異能霊能者だ。

直ぐ様着替えて化粧をし……一拍置いて自分の白い歯を凝視した。


「梨翔拾わなきゃ」

カバンを引っ掴み、車に乗り込み迎えに走る。


「……見てみたいなぁ。なんなら撮影しましょうよ」

「MouTuberとVTuberは違うんだってば」

「えー、宣伝になるのになぁ」

この課は周知ではあるが、まだまだ難しい立場なのだ。

この見た目美少年の青年は有栖川ありすがわ梨翔りと。あたしの相棒だ。見た目に騙される女性が後を絶たないけど、梨翔は片っ端から断り続けている。理由が理由なだけに苦笑いするしかない。自ずと分かると思うけど、あたしはちょっと共感が難しい。

仕事は2人1組。一人作業は禁止されている。何故ならば均衡が保てなくなるからだ。要するにお互いがお互いのメンターなワケ。

「『お歯黒さま』ってどんな感じかなぁ♪ 」

「実際見て見ないと分からないわよ。あんたにとってはでしょ」

「今度こそ真人まさとパイセンに勝つんだから!! 」

甲斐かい真人まさとはあたしの同期で、あたし含め、梨翔は後輩。同族嫌悪に落ちるから好きではないらしい。

見た目も俳優ばりにイケメンで甘いマスク。余すとこなく振りまいている。女性は大概射抜かれているけれど、あたしには良さがわからない。ヤツの本性を知っているし、初対面の時ですら眩しさに逆にスンってなったな。イケメンが中身までイケメンは稀なんだよ、ケッ。


向かう村は20年前の事件で突如として隆起した島にある。

事件てなんだよってなると思う。それはその年の視える化した時に遡る。まぁ、当時から視えるだけの人もいた。視えていないふりをしてやり過ごす術を身につけた玄人だね。

視えていなかった人の反応は予想以上だった所為で大混乱に陥った。色々なモノがいるわけで、騒いだら視えていることに気がつくじゃない? 着いてくるでしょ? 反応しないでいたから大事に至らなかったことを大事にしてしまった結果、大人しくしていた異形たちが暴れちゃったワケ。密かに狩りをしていた異形も表に出てきて大惨事。更にぼったくりの似非霊能者が稼ぎ時だと出て来て更に被害が悪化して本人たちも犠牲者になった。彼らの中にはズル賢く稼いだヤツもいたわけだけど。

当時のあたしたちのような霊能者、異能者も万能では無いし、鎮火までに10年掛かった。生業にしていた人だっていたけどさ。あたしも梨翔たちも若かったし、まだお互いを知らなかった。

警察側も早くに対応して異能者を集めようと『異能課』を作ったわけだけど、警察官の中に誰一人としていなかった。あたしたちはまだ学生で、能力だって上手く使えなかったから見つけてもらえなかった。

あたしと真人は5年前、梨翔は3年前に厳密な厳選の上で採用された。まぁ、スカウトね。現在、やっと10名になったわけだけど少ないよね。鎮火したとはいえ、世界全体。海外にもあるらしいけど、あたしはそこまで把握してない。当時は臨時で能力者に協力してもらうしか出来なかった。

あたし? あたしはフリーでセーラー服翻して鞄振り回しながら戦ってたくらい。

部署も正確には『異能課都市伝説チーム』にいる。

それはいいとして、その10年前に神奈川県沖が急に隆起したから当時は旋律が走った。協力者の異能者を連れて警察が島を調査したけど何も出なかったから、有島扱いはされたものの、まだ日本の島としては登録されていない。海外も名乗り出ない。あたしも今回初めてそこに人が住んでることを知ったし。勝手に移住して定住した人たちが勝手に村を作ったんじゃないかな。面白半分で観光目的の客も少なからずいたらしいし、頼めば船を出してくれる人もいるでしょ。

だから上司が調べて手配してくれてる。車も預かってくれるみたいだから。何かあった時のために真人と相方(実はあたし会ったことない)がその人のとこで待機するっていうし、大丈夫よね? 問題は黒川村が何処かわからない。生配信動画を運営さんが保存してくれていて、渡してくれたからそれから憶測するしかない。島は沖から見えるし、どちらかに異変が起きて続行不可能になっても脱出は可能。目に見えてれば問題ない。船を出してもらうのは温存のためだもの。真人たちが中継してくれるからテレポートすればいい。消耗が激しいから出来るだけ避けたいけどわからないことだらけだから万全を期さなきゃならない。


「初めまして。中央警察署所属異能課都市伝説チームの咲華楽真智です」

「おなじく中央警察署所属異能課都市伝説チームの有栖川梨翔です」

名刺を渡して車を預ける。

真人たちはまだ来ていないようだ。

「あんたら若いが大丈夫かね? 専門家なのはわかる。自分を大切にしなさいよ」

船の主、櫛田廉造氏は心配してくれていた。問題のMouTuberたちを乗せたのも彼だ。

「10年前からちらほら頼みに来る者がいてね。他の奴らは気味悪がって乗せないんだ。それに……からね」

自責の念に駆られるのも仕方ない。

「櫛田さんに非はありません。辛いところに頼んでしまい、申し訳ありません」

「いいや、視えるようになったとはいえ、いづれは何かしないとならんだろ。橋渡しくらいしか出来ないが協力させてくれ。出来ることをしたいんだ」

理解があり、年長者の自負も垣間見せる良き先達に会えて感無量、泣きそうになる。

「勿体ないお言葉です」

「乗せた人数は30人だ。中で増えているかもしれないが、男が20人女が10人。もーちゅーばーとかいった小僧ども含めてな。4人で来ていた。役に立てばいいが」

「十分です。ご協力に感謝します」

船に揺られながら教えてくれた。10年も前からなのに……。


「私が出来るのはこれくらいだ。アンタらは帰ってきて安心させてくれよ」

そう言って折り返して行った。

「……いいおじいちゃんすね」

「ええ、ちゃんと解決して帰ってあげないとね」


───あたしはまだ知らなかった。

この後、とんでもない自体になることを。

でもいつもあたしはどんなことが起きても何とかできる確信だけは当たる。───


「真智パイセン、アレ! 」

あたしたちは島につき、すぐ前にある森に入って行った。10年でこんなにも成長するだろうか? 隆起したての頃は草木もなかったと聞く。ただただ広い、島と呼ぶには問題のある土地だったから未だに名前がついていないほどだ。

森に入って失敗したと思った。視界が遮られている。浜辺まで出なければ向こう岸が見えない。だからと言って歩みを止める訳には行かないと30分ほど進んだ先にあるものを見つけた。明らかに誰かがいたキャンプセットがある。

「まだ真新しいから彼らのでしょうね」

行方不明になった生配信の日からまだ1週間。

「そんな遠くないはずっすね。死体か機材がどこかにあるはず」

「見つかるのは後者であることを願いたいわね」

申し訳ないけど目印を木に傷を分かりやすくつけてきた。振り返ってもそれがわかる程度には日差しが差している。成長が早いから消えてしまうと危惧していたけど、異変は感じられない。

「足跡とかありそう? 」

「分からないっすね。すごく気になっているのは……入ってから今現在、を見てないっす」

「あ……」

動物どころか虫の一匹すら見当たらない。異形の気配がしないから懸念していた。がない。

「それはそれで異常ね。って何してるの? 」

おもむろにスマホを触っていた。

「一応仕事なんで、真人パイセンに共有しとくっす」

『お疲れ様っす。櫛田のおじいちゃんに送ってもらったあと、砂浜からすぐの位置から森にはいりました。10年で何十年も経ったかのような森っす。すぐの木から順番にデカい傷をマーキングしてるっす。今のとこ消えてません。さっき、MouTuberたちのテントとおぼしきキャンプセットを見つけたっす。入って30分のとこっす。今現在、異常はないっすけど、』

「真智パイセン、他にないっすか? 」

「虫1匹いない」

周りを見渡す。

「……マジっすね」

『動物や虫すら見当たらないのは逆に異常だと思うっす。次は死体か機材がないか探しに行くっす。まだ明るいから日差しがあって森の中は明るいっすけど、もう外は見えないってことくらいっすね。また何かあれば定期連絡するっす。以上』

送信。すぐに返信が来た。

『わかった。ちゃんと真智を守れよ。一応女だからな。必要ないとはいえな。こちらは櫛田さんと合流したところだ。健闘を祈る』

このやり取りだけなら真っ当なのよね。仕事は出来るから。

それから数分歩いた先で何かに足を取られた。

「うわっとお?! 」

「ちょ! パイセン! 」

梨翔に支えてもらわなければあたしが大惨事だった。っていうのも、そこには───探していたがあったからだ。

「ありがと。わっかりにくいわね」

マイク機材とスマホが1台、落ちていた。草に埋もれながら。すかさず梨翔が写真を撮る。キャンプセットも撮っていたような。

『機材見つけたっす』

MINE画面には2枚とも貼られていた。

既読はついたものの、返事が返ってこない。

機材故障の位置がこの場所なら……。

「……電波消えたっす」

あたしも慌ててスマホを見た。

「マジかぁ……」

寧ろ今までバリ3だったことが異常だったように思える。

「マーキングは消えてない。一旦引き返す? 」

「……無理みたいっす」

ガサリと前方で音がする。梨翔はあたしより気配に敏感だ。

「……異常なし。逆にそれが異常、に変わりはないっす」


「あんたたち! あんたたちもかい? 」

満面の笑みで初老の男性が近づいて来る。

「あ、はい」

合わせておいた方がいい。目配せをした。

「最近も青年たちを匿ったところなんだ。案内するから来なさい。1時間以上掛かるからね、疲れたろう? 」

「ありがとうっす」

連れられるがまま、後について行くと、民家が立ち並ぶ場所についた。

「ここは島唯一の村だ。ゆっくりしていくといい。アレだろ? 君たちもに逢いに来たんだろ? 」

「え? 」

「ここで観光って言ったら『お歯黒さま』しかいないよ。……俺たちもビックリしたんだ。ま、ひとつしかない村だ。森神様として崇めているよ。粗相のないようしっかり観光していってくれよ」

(滅茶苦茶懐疑的なんだけど大丈夫かな)

「はいっす! どこで『お歯黒さま』に逢えるっすか?! 」

梨翔がいてよかったと思う。本気で『お歯黒さま』に逢いたがっているんだから。

梨翔と真人は非常にモテる。だが、2人は───にしか興味を示さないんだ。それもとして。……だからあたし、共感は難しい。

「そうかそうか。『お歯黒さま』はなぁ。入ってきたとこと逆。あちら側の村の端っこにお住いなん……」

言い終わらないうちに、目にも止まらぬ速さで走り去る梨翔がいた。

「え? 」

「すみません。彼、人間の女性に興味がなくて……。止めに行ってきます」

お辞儀をしてすぐ、同じ速度で後を追う。


あたしが辿り着く前に───ノックしていた。

「こんにちは! 『お歯黒さま』いらっしゃるっすかぁ? 」


───ギイ。


直ぐ様扉が開かれた。

「?! 」

一瞬で異形の気配がピリピリと伝わってくる。

掴む前に、あたしより先に気配を感じていたはずの梨翔が中に駆け込む。

「お邪魔しますっすぅ~♪ 」

奥で気配を放つ存在の目の前に飛ぶ。

振り向いた顔は黒髪で覆われ、口元だけが真っ赤な紅をひいて黒い歯を見せていた。

「『お歯黒さま』、🫶」


───有栖川梨翔、チーム一のカンの鋭さを誇るが、異常レベルの異形愛を拗らせている。その為危険を顧みない傾向にあり、非常に我儘である。

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