第4話 知識欲の塊

今日も穏やかな一日の始まり───。


「お兄様、今日こそ剣術を教えて頂きますよ」

私はレイユーシア王国の姫キャスリン。彼は私の兄で、次期国王の王太子オスカー。

「……はぁ、諦めてはくれないか」

「諦める理由がありません」

教えるとは名ばかりで、兄の訓練を見ているだけで粗方吸収してしまっていた。知識も必要なので理解させるため、説明をする事くらいで彼女の剣術の授業は終わった。僅か1週間で剣術をマスターされてしまい、天才の恐ろしさを痛感するのだった。

キャスリンは興味を抱いたら直ぐ様、自分で実行したがる病気を患っている。知らないことは無知と幼い頃から揺るがない。膨大な魔法についても、初級からすべて邸宅の図書館に完備されていることを知るや否や、毎日10冊以上を昼夜と言わず読み漁り、実践しては吸収していく。寝食を忘れそうになるほどで、よく使用人たちが探し回る姿が恒例となっていた。

魔法が終われば、薬草学や世界史、果ては料理の本まで読み漁る。本の虫かと思われるほど読むとまた消える。

今度は弓部隊の訓練場に現れて教えを乞い、盾部隊や槍部隊、果ては教会にまで足を運ぶ。フットワークが軽過ぎて皆、姫は人間ではないのではないかと噂を始めてしまっていた。

「……キャスリン、たまには休まないか? この国は比較的平和なのだ。急いで学ぶことはあるまい」

父王は止めなかった訳では無い。止まらなかったのだ。今や国で姫ほどの知識と力を持ったものはいなくなっていた。人間は100年しか生きられないと言われていても、されど100年。成人に満たない年齢で身につけるにはあまりに膨大過ぎる。

「待っていては事を仕損じると言います。吸収出来る若いうちに覚えれば、いづれ必要になりましょう。必要でなくとも誰かの役には立つはずです。無駄にはなりません」

そんな話をしている訳では無い。父の危惧など何のその。

「では約束しなさい。体に不調を感じたら2日はなにもしないこと。これだけ受け入れてくれたらもう何も言うまい」

「なぜ2日も休まねばならないのですか? 理解に苦しみます。長くて半日あればいいでしょう。それでも長いくらいです」

父の心配が汲み取れない程貪欲に知らないことを無くそうと奔走する娘。知らないものがなくなった時の虚無感に耐えられるだろうか。

「おまえは自分のことは自分がよく知っていると思っているだろうが、……ようだな。おまえよりおまえの乳母の方がおまえの体調を理解しているということを! 」

ビシィっと指差したが、父親としても辛い。娘のことは誰よりも分かっていると言いたい。でも言えない。

「ミ……ミシェルの名前出すのは卑怯ですわ! 仕方ありません。そんなに休ませたいならミシェルに監視してもらいましょう」

効果は的面。悲しいかな、親より乳母の方が信頼度が高い。

「キャスリン、おまえは何処を目指しているんだ……私にはわからん。もっと上手く言って遊びを覚えさせるべきかもしれん。社交会デビューも近いのに、アレでは貰い手がつかないではないか」

姫が退席したあと、ひとり涙を流す王様がいた。

男性を建てない、論破する、(物理的に)打ち倒す、一歩控えない。女性としては致命的でしかない。

「……陛下。打ちひしがれているところ申し訳ありませんが、オスマン伯がお見えです」

「ん? カイルか。通せ」

「ご子息の小伯爵もご一緒です」

「うむ、通せ」

レイユーシア王とオスマン伯は何代も前から家族ぐるみで仲が良かった。要するにカイルは親友である。

「レイユーシア国王に……」

「いい、いい。定型文は公務だけでいい。あ、玉座にいるからだな。よし、執務室に行こう。フリックくんも着いてきなさい」

執務室まで一緒に行くと、一緒のソファーに座る国王。

「……流石にフランク過ぎませんか? 」

「娘の利かん坊のあとなんだ。好きにさせてくれ」

間に挟まれたフリックが所在なさげにしている。

「元気だったか? 」

国王ならば、息災だったか? と聞くところなのだが、フランクにフランクを重ねてきている。

「つつがなく……」

「今はたちしかいないんだ。親友として話してくれよ」

「……わかったよ、ジャック。その姫のことなんだが、フリックはどうかな。別に権力が欲しい訳じゃないが見知った仲ならってさ」

国王、もといジャックは目を見開く。

「寧ろ大丈夫か? かかあ天下になるぞ? 」

「フリックなら大丈夫さ、なぁ? 」

その話で来ていることはわかっているが、この配置である。

「は、はい。キャスリン、いやキャスリン姫とは昔からの馴染みで……気心知れていると思っていまして……あの、ずっと好きだったので」

いつもはこうではない。父が親友だと知っているとはいえ、やはり国王相手だとどう接していいか分からなくなる。

「え? キャスリン好きなの? マジで? 今すぐ婚約してあげて! 」

「待て待て待て! 姫にも聞いてからにしろって」

沈黙が流れた。

「……今日はもう顔合わせない方がいいかなって」

「親父だろ? 威厳保てよ。ジャックが言わなきゃ話も進まないだろ」

「もうフリックくんが直接言いに行ってよ……」


~回想~

オスマン伯邸。

「フリック聞けよ。キャスリン姫、あのままだと独身貫きそうだとさ。よかったなぁ? 」

「親父……不謹慎にもほどがあるだろ」

「えー? 長年一緒にいながら告白もしないでいるからそんな話になるんじゃないか? おまえしかいないし、おまえにも姫しかいないだろ? 」

父親というより友だち感覚で接してくる親父がそろそろウザい。そのくせ核心をついてくるから困る。

「……今から行こうって? 」

「さっすが我が息子! 話がわかるぅ」

本当にウザい。

~回想終了~


「……分かりました。キャスリンは部屋にいますか? 」

これ以上2人に挟まれていてはたまったものでは無い。

「あ、わかんない。ミシェルに聞いてみて」

全てにおいて乳母に負けている国王だった。

「わかりました。失礼します」

立ち上がり、そそくさと国王の執務室を後にする。

「あら、フリック坊っちゃま。いらしてたんですね。どうされました? 姫様ですか? 」

「あ、うん。ミシェルさん久しぶり」

50前後のはずだが、まだまだ30代で通るほど若々しいメイド長がそこにいた。

「はい、お久しぶりです。そうですねぇ、今なら新しい書籍が入ったばかりなので図書館でしょう。ジャンルも確認せずに向かわれましたね。娯楽小説ですから、畑違いだとは思いますけれど」

「え? キャスリン読むの? そういう系」

「読んでいるのを見たことがありませんね。まぁ、でも物語も勉強になると思いますけど」

「知識欲の塊だからね」

「……で、ついに告白なさるんですか? あ、差し出がましいことを申しました。すみません」

固まったのを見て慌てる。

「い、いや、バレバレなのかなってさ。キャスリンはどう思ってるか分からないし」

「少なくとも嫌いではないはずですよ」

ミシェルの物言いに少しリラックスが出来た。向かう先は図書館。


「……キャスリン、珍しいね。ついに娯楽小説まで読むなんて」

「そうですね。でも、中々面白いですよ。人の脳で構築された物語を紙面に連ねて作られたストーリー。架空とはいえ、キャラクターひとりひとりに魂が籠っている感じが伝わってきます。風景もまるでそこにあるかのような描写に感嘆します」

「そうだね。そこからもたくさん学べるよね」

「それで? 今日はどうされたんですか? 」

「うん、あのさ。僕……君が好きなんだ」


~数分お待ちください~


「……そうですか」

「ビックリさせちゃった? 」

「そうですね。走馬灯に似た何かを体験しました。それで……」

「陛下も親父も後押ししてくれたんだ。ちょっとウザかったけど。……君さえ良かったら、婚約してくれ」

キャスリンはパタンと静かに本を閉じた。

「ええ、そうしましょ……」

「よかったぁ。……え? 」

ガタリと椅子が後ろに倒れる。間一髪でフリックが支えたが、既に意識を失っていた。

慌ててキャスリンを抱き、図書館を出る。

「ミシェルさん! ミシェルさん! 」








……数時間後。

「……ですが、になりました」

知らせを聞いて駆け込んできた医者も首を振る。

「姫様……」

「だから休めって……」

(やっと……やっと君が手に入ると思ったのに)


───キャスリン・レイユーシア。

どんな知識でも吸収したがり、周りが見えなくなる知識お化け。オーバーヒートにより死亡。


だが、暫くするとキャスリンは目を覚ました。

「?! 」

(あれ? あたし、お歯黒さまに首締められて……)

「キャスリン?! 」

「え? 」

「なんだ、気を失ってたのか? 2日間はなにもするなよ? 」

(キャスリンってなに? ここは? )

皆が話しかける中、フリックだけは異変に気がついていた。

(アレは……キャスリンじゃない。誰だ? )


───フリック・オスマン。

小さい頃からキャスリン一筋を拗らせた筋金入り。キャスリンの為なら何でもする。望まれていなくとも裏で行うヤンデレ気質。失っても尚、キャスリンを取り戻すことしか頭にない。




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