第6話 風の姉弟と生霊①
「ファル、お腹が空いたわ」
そっくりな顔立ちをした男女が屋根の上で寛いでいる。
「このファルが愛する姉さまを空腹にさせておくと思うかい? ……じゃ〜ん! ファンの皆さんからの差し入れを詰めたバッグだよ! 」
「それ……大丈夫なの? 」
トランクをがばりと開けてお菓子を取りだしていく。
「あ、これ美味しそう」
「え? 待って姉さま! それ知らな……! 吐き出して! 」
ベリーキッシュのようなタルトを手に取り、1口齧った瞬間、見覚えのないキッシュを姉から奪い、バッグごと数メートル先の川まで投げた。
「姉さま口を開けて! ソレだけはダメだよ! 」
言うやいなや躊躇無く手を口に突っ込み、異物を取り出して投げる。
「ぷはあっ、けほっ苦しいわ……」
───だが、間に合わなかった。
『ミィツケタ……』
おぞましい声が響く。
「! 姉さま! 」
「ファル!! 」
姉の体が浮き、空の狭間に引きずり込まれていく。手を伸ばすがギリギリのところで届かなかった……。
『カエシテホシクバ、リーファルサマガアイニキテ……』
誰かを察した彼は絶望の眼差しで空を見つめていた───。
あたしは2日間、ベッドから出されなかった。何がどうしたのか全く分からない。姿見を見てあの謎の空間にいた女性になっていたのはわかる。疑問はどうして彼女の中にいるのか、皆目見当もつかない。……これは所謂、異世界転生なのだろうか。詳しくなくとも、最近の作品にはそういった類いのものが多い。だからどうしてあたしなのか。答えが出ないまま脳内で無限ループしている。
その間にも甲斐甲斐しくメイドさんがお世話をしてくれていた。皆が呼ぶキャスリン姫がこの女性なのだろう。たぶん、未成年だ。
現在、あたしは一時的な記憶障害を起こしていることになっている。どうもこの姫さんは何でもかんでも覚えたがり、寝食を忘れてしまうほどらしい。要するにオーバーヒートを起こして、結果、記憶障害に陥ったと解釈がなされた。そう判断されるほどのことなのだろう。訳が分からずぼーっとしているあたしを完全にガス欠状態と認識している。
(あたしの周りには変人しかいなかったし、結局のところ、姫さんも変人と……。変人しかいない)
王様も変だし、婚約者? とかいうフリックくんもブツブツ言ってて怖いし、フリックくんのパパオスマン伯爵とかいう人はゼロ距離会話したがるし。変人ほいほいになったつもりはない。不名誉だ。
はたとなる。メイドさんたちがおらず、あたしを胡乱な目で見るフリックくんがいつの間にかいた。しかし、父親と違って明らか遠い。壁際に椅子を逆にして座っている。
「……なぁ」
急に話し掛けられ、ビクッとする。
「あんた誰だ? 」
ド直球に聞いてきた。
「え? 」
彼だけは違う目線で見ていたらしい。
「俺はキャスリンのことが小さな頃から好きだったんだ」
さいですか。
「だから───誰よりも些細なことに気がつける。ずっと見てきたからな」
これ、あたし知ってる。本人に気がつかれないように細心の注意を払いながらストーカーしてるヤツの文言だ。コイツ相当ヤバいヤツだ。
「おまえに悪意がないなら、俺の解釈はこうだ。確かにキャスリンは異常レベルで知識を貪っていた。陛下では無理でも俺ならば緩和出来たかもしれないと悔やんではいる。だが、キャスリンがしたいことを見守るのも好きだったんだ」
前置き長いんですけど?
「……あの時、気が付かないうちに限界に達してしまっていたのなら、死んでも仕方ない。けど、やっと婚約の返事を貰った瞬間だった。今、キャスリンの中に居るということはキャスリンが戻ってくる可能性があるはずだ。……俺はキャスリンを取り戻すためならば何だってする。それにはおまえの協力が必要だ」
まだ、お前は誰だに返事してないんだけど? 確信してるから返事はいらないってか? 会話ってキャッチボールなのよ? だからと言って、コイツが何かしてこない保証はない。ヤンデレ気質、粘着体質だ、絶対。
「……まずはあたしの話を聞いてください。一方的に話されても困ります」
「……わかった」
椅子を戻し、足を組んでいる。コイツもまだガキだろうに態度デカイな。
「あたしは今の状況が飲み込めていません。単刀直入に言えば、あたしも死んだはずでした。これには何かしら意味があるのでしょう。詳しくは知りませんし、憶測を口にしたくはないです。しかし、あたしだけに限ればこれは
フリックくんの顔が少し穏やかになったように見える。あたしの言葉に希望が見える度にビクッとしていた。
「……もどせるか?」
「異世界転生には知る限り、元の世界に戻れるパターンと元の世界に戻れないパターン。後者は置いておいて前者で話を構築するならば、成し遂げねばならい何かがあるかもしれません。それをクリアすれさ望みはあるかもしれませんね。あっても何かまでは想像がつきませんが、まず───この世界のことを教えてください。あたしは特殊能力を持った人間ですが、それが通用するかも試さねばなりませんし」
───コンコン。
「? 入れ」
「失礼致します」
完璧な所作をした、30代から40代の男性。燕尾服だし、執事さんかな。姿勢よし、油テカテカじゃなくてキューティクルの天使の輪っかオールバック。イケメンって所作のスマートさが1番物語ると思う。ふつくしい……。
「姫殿下、ご一緒のところ申し訳ありません」
「いえ……」
あれ? フリックくんいつの間に近寄ったの。扉側に目をやり、執事(?)さんに目を奪われてるうちに一気に詰めたようだ。たぶん、ノックと同時に動いたんだな。
「エファラント公爵家のリーファル小公爵がお見えなのですが、如何なさいますか? 」
「如何とは? 」
「今、姫殿下は記憶障害を起こしておいでです。ですが姫さまはいたく可愛がっておいででしたので……」
「まだ、小さいのですか? 」
「はい、今年で10歳になられます。あの、何故かおひとりで酷く取り乱しておりまして……」
「! なんて呼んでいたか教えてください! いつもは1人ではないんですか? 今どこですか? 」
畳み掛けるように聞いた。嫌な予感がする。
「はい、ファルと呼ばれています。いつもは双子の姉君リーシャル嬢がおいでで、2人とも姫さまのお気に入りでした。玄関から動かないのでメイドに頼んで一緒にいてもらっています」
近くにあったカーディガンを羽織るとひらりとベッドを飛び降り、執事さんをすり抜け、駆け出した。
「キャスリン……!! 」
目の前に扇形階段が見えた。ちらりと見えた下はそんな高くない。
「……ファル」
メイドたちが
「リン、姉さま……! ひぐっ 姉さまが! シャル姉さまが! ああ! 」
グスグス泣いている美少年がいる。
……くん。この香り。あたし知ってる。
「……生霊ですね」
「イキリョー? 」
「あー、『レイス』かな」
「! そうです! シャル姉さまがレイスに攫われました! 」
違和感など気にしている暇がないのだろう。しがみついて来る。
「リーシャル嬢がレイスに?! しかし、姫さまの専門外ですな。困りました……」
執事さんがフリックくんを伴い、追いつく。
「おい、目立つことすんな。肝が冷えたぞ。キャスリンじゃなくてもあんな飛び降り方するやつみたことないぞ」
コソッと耳打ちされる。
「専門外? 」
「キャスリンは小さい頃王妃殿下、母君をレイスに
「無理じゃないわ。あたしが得意だもの」
「は? どういうことだ? レイスに拐かされたら帰っては来ないんだぞ」
「拐かされて? 誰も助けに行かなかったの? 」
「ヤツらには魔法すら効かないんだ。あちら側から何かされてもこちら側からは為す術がない」
コソコソと話しているのも限界だ。よし、考えるな感じろ。
「ファル」
「はい……」
「現場に案内してください」
「ですが姫さま! 」
「トラウマは……乗り越えるためにある試練なのです。お母様の時は小さかった。今は分岐点です。変わらなくてはなりません。シャルはあたしの可愛い妹です。失うわけに行きませんわ」(さっき聞きました)
「姫さま、記憶が? 」
「いえ、断片的にあるものです」(大ホラ)
そのまま行こうとするともう1人に静止される。
「キャスリン、急ぐのは分かるが……せめて着替えてから行かないか」
口調が柔らかい。これか、キャスリンを甘やかしてた口調は。
「はい、姉さまに恥をかかせる訳には行きません。待ちます」
メイドたちに伴われ(半ば強引に寝室に戻され)、軽装に着替えさせられた。金髪は赤が似合う場合が多いけど、あたしのVの姿はオレンジ色を合わせている。まさかキャスリンの好きな色もオレンジ系とは運命なんだろうか。おっとはしゃいでいる場合じゃない。帽子を被らせたいメイドVS被りたくないあたしが勃発しかけたが、髪を下ろしたままなら帽子を、編み上げにバレッタなら帽子なしを選択肢にされ、泣く泣く後者にした。帽子は邪魔すぎる。貴婦人のアレよ?
「参りましょうか。キャスリン姫」
恭しく手を差し伸べてくるフリックくん。着いてくる気満々だね。内心あたしにこんなことしたくないだろうに。早く出なくては。あたしもゾワゾワする。だって本物じゃないとアレなんだもん。
着いたのはエファラント公爵家の離れ(離れってサイズじゃない)だった。
「シャル姉さまといつものように屋根の上でピクニックをしていました。さっきまで……」
こんな幼い子たちがふたりで屋根に登って遊ぶってどんな放任主義なの。
「ファル坊とシャル嬢は風の妖精に愛されているんだ。高いところに登るくらい朝飯前だ」
着いてきた理由は、知識のないあたしのサポートだったか。お互い協力して活路見いださなきゃだものね。
「あ、関係ないけどうっかり砕けちゃったから言うわ。あたし、25歳なのよね」
絶句していた。
「どこかの夫人……だったり? 」
「残念ながらあたしの世界じゃこの歳でも独身は当たり前みたいに転がってるし、ここはアレでしょ? 17か18までに婚約して20までには結婚しないと体裁保てないとか。あたしにはキツいわ。特殊公務員だし」
「コウムインってなんだ? 」
「国の管理下にある公式の仕事。でもあたしは、あたしたちは───レイスみたいな相手を専門としているの。まぁ、いくつか種類はあるけど引っ括めて異形、モンスター専門の
「コウムインってすごいんだな? 」
「公務員はお給料が安定してますってだけでそうでもないのよ」
ファルに屋根の上に連れてきてもらった。魔法ってすごいな。何か困った顔してるけど?
「たぶん、その体でも使えるぞ。キャスリンは魔法のエキスパートだ。ファルも不思議がってる」
ああ。
「すみません、ファル。2日前に倒れたらしく、意識が混濁して……手数を掛けました」
「い、いえ、そうとも知らず……」
───スン。強く香る。
「ここですね」
「は、はい。分かるのですか? 」
あたしは頷いてから目を引きらき、手を伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます