第5話 お歯黒さま③
「……お話はわかりました。私のいた世界とは違った風景ですね。衣装も……とても活動的で有能な形をしていますし、素材も素晴らしいですわ。長期保存に優れているにも関わらず、洗濯してもすぐには痛まない、傷んでも元に戻すことが出来、更なる……」
「それは後にしてくれ。終わったら丈琉が知りたいこと全部答えてくれるから」
「私、ですか? 」
「『異世界転生』してきた人なんだろ? おまえの見解だと。適任じゃないか」
「……そうですね。私以外いないでしょう」
クソデカ溜息を着く。
「キャスリン姫、この案件が終わりましたら好きなだけご質問下さい。今は解決にご尽力下さると助かります」
頭を下げる。詳しく聞いて、彼女が姫君だと言うことは分かっている。
「わかりました。確か『オハグロサマ』というイギョウ? のことでしたわね」
「そうだが、俺たちへの依頼は元々『MouTuber』の4人の安否、行く行くは保護だ」
「……『お歯黒さま』の交渉は真智さん以外出来ません」
「モーチューバーとはなんでしょう? 」
「今こちらに電波はないですが、保存したものなら……」
データはアニメーションで埋まっていた。
「……こちらにしましょう」
カメラ機能でキャスリンを撮る。
「このような───」
「?! 私とそっくりですわ! 一瞬で姿絵を描けるなんて……! 」
「似てはいますが光の屈折を利用しています。鏡に写ったままを静止画にしている感じです。今を残す為の機能です。動いている動画を残す機能を活用したものがMouTube、それを皆が見られるようにしている人がMouTuberと認識して頂ければ」
「すごい方々なのですわね?! 」
「いえ、誰にでも機材があれば出来ます。この機械でも出来ますよ」
スマホをガン見されている。
「操作がこの中で1番優れているのはあなたの体の持ち主なので割愛しますね。それをやっている4人の青年を探しに来ました」
「……まず、その方々を探すのですね? 」
興味を押し殺しているが、空気は読めるようだ。
台無しにした当人は無言を貫いている。
「あんた、特技はあるか? 」
「特技、ですか? 攻撃と支援と回復、聖魔法、剣術、弓術、盾術、槍術あたりはマスターしましたわ」
沈黙が支配した。まさに、『・・・』が相応しい。
「……この世界は魔法が存在しないから使えるかはわからないぞ」
───シュボ。
目の前に人差し指を突き出され、その指先の上に炎が浮かんでいた。
「は? チートかよ……」
「まぁ、この世界にないものが使えるなら対応が可能かもしれません」
「……対価を頂きます」
「あ? 」
急な申し出に口がどんどん悪くなる。
「この世界にも図書館はありますね? 」
「ありますよ」
「私は……知らないことが何より嫌いです。知らないことは全て知りたいのです。この世界にあるすべての知識の源がある図書館に、終わったら連れて行ってくださいませ」
「……もしかしますが、1箇所にあると思っていませんか? 」
「我が城には国や諸外国のすべての書物がありました」
「この世界で保証できるのはこの日本までです。多少はありますが、海外に行かねばなりませんし、色々手続きが入りますので、すべては無理ですね。現在世界には196ヶ国あり、行き来が難しい国もあります」
キャスリンは目を見開いたまま固まった。
「そ、そんなにたくさん国がある世界なのですか?! ああ! なんて素敵な世界に来たのでしょう! 学びに終わりが見えないなんて……」
1拍後、大変興奮して半ば暴走気味になる。いつも表情があまり変わらない真智の体で百面相をされて、複雑な気持ちになってしまう。
「読むものがなくなり、娯楽小説を読み始めたところでした。中々に面白く、人の脳で構築された物語を紙面に連ねて作られたストーリーは架空とはいえ、キャラクターひとりひとりに魂が籠っている感じが伝わってきて、風景もまるでそこにあるかのような描写に感嘆していたところ、でした」
「娯楽? 」
「アニメになっている作品の原作は大体小説か漫画です。姫、どうされました? 」
「……私、それをフリックに話していたところで……フリックに告白をされ、返事をした後に意識がなくなって……一瞬、黒髪の女性を見掛けたと思ったらここで目覚めたのです」
誰一人、フリックって誰だよとは聞かない。
「ほれ」
ナルシスト御用達かは謎だが、持ち歩いている鏡を開き、彼女に見せた。
「! そう! このお顔の女性でしたわ! 」
「……確定ですね。これは憶測ですが、異世界同士で同時に死に瀕したおふたりが入れ替わったのでしょう。偶然では、ないのかもしれません。真智さんはたぶん───あちらの世界のキャスリン姫の中にいます」
皆一瞬過ぎっていたのだろう。ハッとした顔になる。
「……真智パイセン、生きてるんすか? 帰ってくるんすか? 」
梨翔がやっと口を開く。
「確証はありません。何かキッカケがあればと思います。理由があるとすれば……クエスト、お互いの世界でクリアせねばならないことがあるはずです。それをクリアすれば……いえ、憶測が過ぎました。希望を持ち過ぎるわけには行きませんね」
「……取り敢えず『お歯黒さま』だ。たぶんまだ村人は勘づいちゃいない。一晩休ませてもらって話を聞いて回るぞ。どうもキナ臭い」
「要領を得ない梨翔さんのお話からでもキナ臭さを私も感じました」
真智に頼り過ぎていた面々が重い腰を上げた。
「……案内してくれたおじさんが、ソイツらもここに連れてきたって言ってたっす」
「早く言え」
「その前に───怪しい人物を2名挙げておきます。『MouTube運営』を名乗る者、案内をしてくれた男性。この2人は特に警戒しましょう」
「ああ。30人もの人間が無言移住した件。櫛田さんは戻らない観光客と言っていたから、白だと思う。4人組がここに来たキッカケも怪しい。やけに内情に詳しかった運営を名乗るヤツがそれも関わってると踏んでる。案内人に至っては偶然にしちゃ出来すぎてる」
「それに……10年前に出来たにしては定着し過ぎています」
怪しまれないように男性の元に向かう。
「お? その顔じゃあ会えなかったみたいだなぁ。ん? そちらさんはお友だちかい? 」
真人と丈琉は案内されたわけではなかった。いつまでも既読がつかないことを不審に思い、直ぐ様櫛田さんに送ってもらっていた。梨翔が男性に合わずに、血相を変えて入口まで走っていたところで合流したのだ。
「ええ、仕事で遅れて合流したんです。見つかってよかった。2人を案内して下さったのはあなたですか? 」
「ああ」
「助かりました。ありがとうございます。 不躾で申し訳ありませんが、今日の宿など提供して頂けないでしょうか」
別人かのように真人が対応する。
「悪いな。住民しかいなくてね。使ってない家屋があるから好きに使ってくれ」
「十分です。お計らいありがとうございます。あ、あと不躾ついでに……MouTuberの方々も案内されたとか。まだいらっしゃるでしょうか。実はタイシさんのファンでして。お会い出来たらいいなと思っていたんです。1週間ほど前にこちらに来ると配信されていて……」
行方不明のMouTuberは『怪奇探偵』というグループで、リーダーのタイシと双子のサブリーダーのトウジ、編集担当のミハシ、撮影担当のクジョウ。4人で画面に映ることもあり、面は割れている。ウタミタも投稿してはいるが、トントン。
本当は断じてファンでないし、あまりいい噂を聞かない。仕事なので事前にいくつか動画を見て来た程度だ。
「あんた、見かけによらないなぁ。でも連れてきたはいいが、アイツら着くなり走り回ってどこにいるかも分からないんだ。すまないな。しっかり案内もしてやれてない。誰もなんも言ってねえところをみると、馴染んだんじゃないかって思ってるよ」
「あはは、よく言われます。歌投稿をメインに見ているので、生配信などは仕事の関係上あまり見られてなくて……やっと休みが取れたので興味もあり、仕事仲間と旅行がてら立ち寄らせてもらったんですよ。親切な方に対応して頂けてよかった。自分でも探してみますね」
「嬉しいね。たまたまさ、森に散歩に出たらそちらのお嬢さんたちを見掛けたんでね。そっちの坊ちゃんもファンってことかい? 『お歯黒さま』の話を聞いたら陸上選手並みの速さで行っちまった。また会いに来てくれて良かった。まだ案内の途中だったもんでね。まとめて案内するよ。来てくれ」
一見、悪い人ではなさそうに見えた。世話好きのおじさんなのか、監視で世話を焼くのかは見極めが難しい。
何処から物資を調達しているのか、雑貨屋や食品販売店もある。飲食店もいくつか点在していた。ざっと見ても30人以上いる。内地から来たようには見えず、地元民と言った風体の人ばかりだ。明らかに時系列がおかしい。
肝心の安否を確認できないのは誤算だった。離すわけないだろうとは思っていたが。
「自己紹介がまだだったな。俺は
それぞれ自己紹介した。真智は梨翔のせいで疲れていることにした。
「へえ、皆公務員さんなのかい。しっかりしてるわけだ。しかも異形課ときた」
「ええ、私どもは異形の皆さんと人間のトラブルを解決したり、共存に向けての交渉を担当しております。今回の旅行も公私混同と言われたら元も子もないですけどね。彼女なんて匿名で無償で
相談に乗っているくらいですから。だからこそ、休暇ではありますが、何かあればお手伝いさせて下さいね」
嘘は言っていない。
最後に案内されたのは、滞在してもいいと言っていた一軒家だった。お礼を言って別れる。
「……丈琉、なんで泣いてんの? 」
メガネを外し、涙を拭いて……も止めどなく涙が溢れていた。
「素晴らしい……古民家です。時系列がおかしい云々は置いておいて、今の技術で再現したとしたら作った人は人間国宝だ! 井戸!
大騒ぎして走り回る丈琉の放置を決めた。
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