二番目

 お互い、ぎこちない様子で傍を歩く。

 歩くたびに揺れる右手が、彼の左手に当たる。

 何の気もないようなフリをしてまた手を揺らす。三回。

 彼はこちらを見ることもなく、少し歩幅を縮めて、私の右手を握る。


「――外で触れるのは、嫌なんだと思ってた」

「まぁ。」


 まだ付き合い慣れていない男女の会話。


「そこのお二人、美味しいスイーツ、どうー?」


 言葉を交わすわけでもなく、手を離すわけでもなく、目を合わせるわけでもなく。ぎこちない空気のまま歩いていた私たちに、気の良さそうなおばちゃんが声をかけてきた。ショーウィンドウを覗くと、美味しそうなケーキがずらり。


「あ、美味しそ」


 ふわりと浮かんだ感想をそのまま口にすると、彼はショーウィンドウの前で足を止める。


「どれがいい?」

「えっ、んー、苺のケーキ?」

「じゃあそれ、二つ。」


 はーい、とおばちゃんが嬉しそうな顔をしてケーキを取る。箱に詰める。周りを歩く人もおばちゃんも、みんなが幸せそうな雰囲気。


「仲の良さそうなカップルを見れて私は幸せだわ」


 お会計の時にそう笑ったおばちゃんに、私たちは満面の笑みで返して、頭を下げてその場を離れる。

 彼の右手にケーキの箱が追加され、彼の左手と私の右手はまた繋がれ、ゆらゆらと歩くことを再開する。


「カップルに見えるんだな」

「そうみたいだね」


 自分の顔に先程の笑みが張り付いていると、ここでようやく気が付いた。右隣を見上げて彼の顔を見ると、やはり張り付いたままで、目元が笑っていなかった。


「君の彼女ちゃん、元気?」


 二人でいる時には避けていた話題。


「元気そうだよ。……そっちの彼氏は?」

「うん。元気そうだよ」


 この関係が、どういうものかは、あまり考えないようにしていた。カップル。恋人。一番目。二番目。


「……私は、もう一人だけどね」


 私はあくまで彼の二番目であって。彼はあくまで私にとっての二番目であって。だからこそ成り立っている関係であって。

 私が彼を一番にしたら、この関係は終わる。

 そう思って、半年以上、言えなかった。

 少しだけ、彼の歩幅が狂い、すぐに戻り、握られた手の圧迫感が増した。

 ――ああ、これが終わりの合図。


「君も、一人だったのか」


 君、も。


「なら、これは安心して二人で食べられそうだね」


 ケーキの箱を揺らして笑う彼の目元は、私たちが出会った当初の、優しい目をしていて。


「……いつ、から?」

「んー、君と同じくらいかなあ」


 二番目と二番目は、いつの間にか。


「不器用だね、私たち」


 二番目だった時よりも、強く手を握り返して。


「だからお互い惹かれあったんだろ」


 私たちは初めて、一番目としてキスをした。

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人生 結実 @yu_ziden

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