夜の街

 大した関わりもない、まともに話をしたのはその日が初めてのような、彼氏のいる女の子がいた。

 ゲーセンを行き来する彼氏について歩いていた彼女に、少し哀れみの目を向けながらも、ゆるふわといった感じの彼女の雰囲気は、むさい男の中では目の保養だった。


 自分が一人で、ゲーセンの行き来で歩いている時。後ろから小さな声がする。


「し、なさん、」


 振り向くと、彼氏と一緒ではない彼女がいて、思わず足を止める。


「あれ、彼氏さんは?」

「ん、ん。まだやってる。一人で移動しようと思って」


 明らかに挙動がおかしい彼女は、俺の近くまで来て、一定の感覚をあけて立ち止まった。

 日が落ちて風が涼しくなった、休日の夜。彼女の息は上がり、小さく、ひゅー、と呼吸音がする。


「どうかした?」


 高くない自分の身長と、ヒールを履いた彼女の身長はさほど変わらず、少し身を屈めれば顔をのぞき込める。

 いえ、あの、と言葉を詰まらせる彼女は、やっぱりおかしい。

 元々、どんな動作でも素早い動きはできない子に見えていたので、ゆっくり、言葉を待つ。彼女は、観念したように目を背けた。


「さっきちょっと、知らない男の人に声を、かけられて……」


 泳ぐ目と、自分の服をつかんで震える手を見て、怖くて頼ってきたのか、と理解する。

 ゲーセンでも、無防備に眠っていたりする子だったなぁ、と、数時間前の寝顔を思い出して、苦笑い。


「夜だから危ないよ。一緒に行こうか」


 触れるのは、やめた方がいい雰囲気。隣、の半歩前を歩いて、彼女がついてくるのを確認しながら歩き始める。

 女の子の歩幅がわからず、少し小走りになる彼女を見て、だんだん歩幅が小さくなる。彼女の小走りがなくなった頃、人の多い通りに出たとき。

 ぎゅ、と、控えめに服が引っ張られた。振り返ると、恐る恐る俺の服を掴む彼女。周りには、居酒屋やキャバクラの客呼びの男。


「……手を繋ぐのは怖い?」

「え、いや、……えっ、と……」


 変わらず服を掴みながら、後ろでころころと声を変える彼女が、少しおかしくて。

 手に軽く触れて、引き寄せると、小さな悲鳴じみた声が聞こえる。ただ、俺の手を離そうとはしない。


「彼氏さんに見られたら殺されるねぇ」


 可愛いけれど彼氏のいる女に手を出すつもりもない分、笑い話として言う。しかし彼女は、笑わず。


「頼りにならない、です」


 むさい男の中で癒しだった彼女は、怒りも悲しみもしない声で、ただ淡々と言った。

 遠くから小さく、可愛いカップルだ、と、俺達に向けられた声が聞こえた。


「……彼氏ってなんだろうね」


 彼女がいたことのない俺には想像でしかないその関係は、その想像からかけ離れた恋人関係を今見せつけられている。

 どちらからともなく、握っていた手が、恋人繋ぎになって。


「なんなんでしょうね」


 少し感情の入った彼女の声が、聞こえた。

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